三保の松原の羽衣伝説は、有名である。
小学校の教科書で取り上げられたので、日本人で知らない人はいない。
あらすじは、天人が舞い降りて、羽衣を松にかけて、水浴びをしていたところ、通りかかった漁夫が羽衣があまりにもきれいなので持ち帰ろうとする。羽衣がないと天人は天に帰れないので嘆き悲しむ。これを見て、漁夫は同情して羽衣を返してします。天人は羽衣で天に帰るが、途中、空でお礼の舞を漁夫に見せるという筋書きである。
ところが、羽衣伝説は、日本各地にある。日本だけでなく、アジアの各地にあるというから面白い。
ストーリーは、それぞれ異なる。
私の郷里の愛知県豊川市行明町にも羽衣伝説が残っている。
行明町は、豊川に面している。川沿いに羽衣の松が1本ある。
もっとも、この松は羽衣伝説当時のものでなく、何度か植え替えたものである。
昔、昔、行明町の豊川の近くに天人が舞い降りてきた。
こんな田舎に降りてこなくても、近くに風光明媚な海岸がいくらでもあるのに不思議であるが、
たまたま降りてきたと思ってください。
羽衣を脱いで、松に掛けて、川で」水浴びをししたところまでは、三保の松原の話と同じ。
そこに農夫が通りかかり、美しい羽衣と天人にうっとり、
羽衣を返さないだけでなく、天人も略奪して妻にしてしまう。
二人の間には、かわいい男の子が生まれる。
男の子がある程度、成長したころ、夫の不在中に妻の天人は、羽衣をたまたま見つけてしまう。
子供も可愛いが天にも帰る義理があって、思い悩んだあげく、天に帰ってしまう。
このときに、子供と夫に片葉の茶の木を残していく。普通の茶の木は葉が幹の両側にでるが、
この天人の残した茶の木は葉が片方に交互にでる。
病になったときに、この葉を煎じると必ず快方するといい残す。
ほかに、自分の形見として、人形などを残して去ってしまう。
この子は、のちに京都の33間堂で行われた弓の大会で優勝する弓の名人となる。
行明町には、この子を祭った星野神社が現存する。
私の現住所の千葉市にも羽衣伝説が残っている。
天人が、ときどき舞い降りてきて水浴びをしている、天人の美しさが評判になり、
千葉の城主が家来の命じて、天人を誘拐してしまう。
城主は天人を妻として、幸福に暮らす話である。
千葉の名称が、天人とかかわりがあるそうなのである。
なぜ、日本各地に羽衣伝説が話を変えて存在しているのだろうか?
庶民に夢を話に変えたのにしては、生々しい話である。