東京国立博物館の大覚寺展へ行った。

 それにしても、行こうと思いながら、なかなかチャンスがなくて、会期末ギリギリでの訪問となった。SNSでは混雑しているとのことだったので、開館まもなく入場するために朝早く家を出たのだが、混雑に巻き込まれないために通勤ラッシュの中、博物館に向かう皮肉…。

 おかげで中はそれほど混んではおらず、自分のペースでまわることができた。帰る頃には人の波が押し寄せていたので、東博の来館者数は平日とか関係ないのだと思う。

 大覚寺は、平安時代の嵯峨天皇(9世紀前半の天皇)に縁があるというので、起源が古く、仏像、天皇の筆跡、ふすま絵などの絵画など、その展示に圧倒された。室町時代初頭の皇統分裂期(南北朝時代)においては、一方の派閥を大覚寺統といったわけで、皇室はもちろん、信長、秀吉、家康など権力者との関係も深かった。秀吉や徳川二代将軍秀忠の書状も展示されていた。

 メモ。記憶に残った展示。

嵯峨天皇の肖像画、愛染明王坐像、後宇多天皇宸翰(筆跡)、襖絵…柳に燕図

芸術に疎く、こんな事滅多にないのだが、「柳に燕図」(作者名無し)の柳に、何故かさわやかな風を感じた。

 最近は、展示の一部の撮影が認められるようになり、博物館の変化も感じた。

帰りに、本館脇にタンポポが咲いているのを発見する。

 どうもこれは習性なのだが、花を裏返して見ると、なんと、ニホンタンポポである。数株ではあったが、都会の、それも人の手が入る場所に在来種が自生していることに驚いた。

本館脇、平成館に向かう道沿いである。

 なかなか気づかないもので、これは定期的な確認が必要だ。

 よくある話かもしれないが、防災用のアルファ米備蓄の期限切れに気づかず、半年以上経過していた。今後は定期的に確認したい。

ただ、急きょ消費しているのだが、良かったのは、食べてみるとおいしかったことだ。ということは、期限内ならもっとおいしいのかもしれない。だからこそ期限切れはもったいなかったな。


 次は春の味覚。

館山の友人からふきのとうをもらったので素揚げにした。食べると苦味があるが、これが良い。画像を友人に送ると、天ぷらではないのね、との返答があったのだが、粉を常備しておらず、その選択肢がなかった。こちらはがさつな独り飯である。

でも、天ぷら粉くらい用意すべきだったかもしれない。


 YouTubeを見ていたら、唐突に『幽霊屋敷の伝言板』なるチャンネルに行きついた。心霊好きでは無いので見送ろうとしたら、コメント欄に佐藤愛子先生の娘さんという書き込みが見えたので、俄然興味が出た。

 文豪や有名作家さんの名作などはほとんど読んだことがないのだが、エッセイは好きである。遠藤周作の狐狸庵先生や北杜夫のどくとるマンボウなどは小学生高学年の頃、図書館でよく借りていた。そこに登場するのが、佐藤愛子さんなのである。

「女傑」のエピソードが紹介されていた記憶がある。その中で、お住まいの心霊現象に悩んでいたような内容があったのだ。

 ちなみに、実際に動画を観てみると、エピソードとしておもしろい。まだ数本しか動画がアップされておらず、これから展開していくのだと思うから、たまに覗こうと思うが、やはり佐藤愛子先生の書いたものが読みたくなった。本屋にて佐藤愛子作品を探すと、高校の国語便覧にも載るほどの『血脈』があった。そこをとばしてエッセイ本を購入した。名作くらい読むべきだろうなぁ。


 根府川(ねぶかわ)に行かないか、と友人に誘われて散歩をしてきた。初めて下車する駅であるが、ここは神奈川県小田原市にあり、100年前の関東大震災の際に線路が落ちたという。ホーム沿いに今でも当時の線路の一部が残っている。

(あろうことか写真を撮り忘れた。)

 駅は高台にあり、国道に向けて急坂をくだる。ここまではのどかだった。

 国道に出た。最初は狭いながらも歩道があって、歩き始めたら、すぐに歩道が無くなった。脇道に退避したかったが、なかなか見当たらず、車道の脇を歩かざるを得なかった。ドライバーさんの視線を感じつつ緊張して歩いた。

 国道沿いに食事処があったので立ち寄った。とても盛りのよいカマ煮定食をとった昼休憩の後、脇道目指してもうしばらく危険な国道を歩き、ようやく脇道に到達した。登り坂を上がりきると、景色がひらけてそこにお地蔵さんがいた。汗をかいていたので休みたかったのもあったのだが、しばし景色に見入った。

 旧道は車も少なく、歩きやすかった。まもなく国道と合流したが、今度は歩道が整備されていた。

 根府川〜真鶴の一駅区間歩いただけなのだが、結構疲れた。ただ、友人といろいろと話しながら行き当たりばったりの散歩を楽しめた。また行きたい。

 ちなみに、真鶴駅にお地蔵さん付近の絵が飾ってあった。地元では有名な場所なのかもしれない。

年男、明日から誕生月が始まる。