やまだあい です。



「手放す」ってよく聞くけど


一体、どうゆうこと?





自分にとってストレスな


過去や人との出会い、出来事


感情が掻き乱されること




そういった物事に対して



捉え方が変わったら


世界が変わる


感情も変わる


と、いわれています。




確かにそうです。




それは、


その事象に出会わなければ



自分の中に凝り固まった


思い込み


勘違い


自己認識



などに、気がつきようがなく


変えていくことも出来ない、から。




わたしもそんなことが


沢山あります。




じゃあ、本当の意味で



捉え方が変わった


手放せた。といえるのは



何が指針になるのだろう?




人との出会いが変わる。


同じような事象に遭遇しなくなる。




など、外側の状態が変化する



それもひとつではあるけれど




もうひとつは



いま、思い出しても




気にならない。


身体が反応しない



という、



内側の変化、



身体からの応えがあるとき。




手放したくても手放せない、と


もがいているときによく聞くのが




「自分にとって必要な体験だった」


「自分にとって意味があることなんだ」



と、思考を使って


意味づけしたり


コントロール


するというもの。




しかし、



それをやればやるほど



逆に、身体はどんどん重たく⤵︎⤵︎



出来事や他者に


ますます捉われていきます




これは、わたしにとっても


大きな気づきでした。




手放すとは


手放したいものに対する


自分との関わり方が変わること。



そのことに執拗に意識が向かなくなること。


です。




手放したいものが


自分にとって、軽いものになったとき



すでに手放していた。


という、感謝に変わる




過去の出来事や他者に対して、だけでなく



自己認識も同じです



大切にされてないような気がする


いつも損してる気がする


愛されてない気がする


認められてない気がする




いつも、そう感じてしまう


パターン化した思考の癖は


身体も一緒に変わるから


手放していけるのです




手放すことに


意味をつけない。



「意味づけ」と「気づき」は違うものです



ご自身で腹落ちする


調整にいらしてください


手放すことは


難しくないことがわかりだすと


生きることが面白くなっていきます