一疋の青猫 -86ページ目

月影のランウェイ


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深閑とした 真夜中の 埋立地


高い工場の壁と 片側四車線の道


人もなく 音もない




等間隔に並んだ 街灯のつくる 光の輪と


銀に 射注ぐ 月の光に 導かれて


海へと 伸びた ランウェイ




直線を 突き当たりまで行くと


工場の前で 踵を返して




乗客のいない 最終バスが


定刻通りに過ぎていった・・・




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昨日は

ちょっと

私事ですが カン違いしておりました


「こんなに 豆まきの すぐあとだったっけ?」

「最近じゃ 恵方巻きのほうが 盛り上がってる?」

「それにしたって 一人くらいは」


・・・




4日じゃなくて 14日だった!

バレンタイン(笑)


・・・


まあ いずれにしても それくらい 縁遠いものです

今となってはね(笑)


みなさんも

かぶりついてばかりいないで(笑)

いとしい あの方へ

きっと 太巻きより 喜ばれると思います!


今週も寒そうですが お元気に 一週間を!








「 Forget-me-not 」  尾崎豊

ラッキードラゴン ~ ベン・シャーン展(2)


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先週末 会期最終日の日曜日

「ベン・シャーン クロスメディア・アーティスト」展 を観た

美術館のある 葉山の海岸は この三崎の港とは まるで異なる 佇まい

クロスメディアとあるように 写真・絵画・版画・グラフィックアートと 多様な展示

そんな 作品の中に 「ラッキードラゴン」 という連作がある

その作品名は ある マグロ漁船の名前

ここ 三崎同様 マグロ漁の港 焼津港を母港としていた 第五福竜丸に 由来する



$一疋の青猫

「 ワルシャワ 」


画家 ベン・シャーン(Ben Shahn 1898-1969)

ベン・シャーンは、1898年、バルト海に近いコヴノ(現在のリトアニアのカウナス)のユダヤ人家庭に生まれます。1906年にアメリカに移住後、ニューヨークの石版画製作所で徒弟修業をしながら夜間高校や大学に通い、ヨーロッパ旅行を経て画家への道を歩みました。1930年代、不況下のニューヨークで社会の不正義に対して声を挙げた作品が注目され、世に出た・・・
(展覧会サイトより)


国内での ベン・シャーンの知名度で言えば イラストレーション

レコードジャケットや 雑誌の表紙などの方が 馴染み深いかもしれません

それらの作品も 素晴らしいのですが 今回は やはり

「第五福竜丸事件」を モチーフとした この作品に 目が留まりました

1954年 南太平洋・マーシャル諸島近海で マグロ延縄漁操業中の 第五福竜丸 乗組員23人が

ビキニ環礁で アメリカが行なった 水爆実験により 被爆した 本事件

アメリカは その責任を認めようとせず 日本政府もこれに応じた

そして「(善意からの)お見舞金」という形で決着 放射線影響も否定 問題をもみ消し 矮小化を図った

(一連の流れは また 反核運動や 原発導入を巡る 日本の原子力史にも 大きくかかわっている)


原子力の問題は 情報の隠蔽 改ざん でっち上げ

「たいした事は無い」 「安全だ」と言っては 強引な幕引き

いつも 同じ 構図だ

今 また フクシマも 同じような図式で 忘れさせようと しているのでは無いだろうか


$一疋の青猫

「 Lucky Dragon - Aikichi Kuboyama 」


権力が 闇に葬ろうとした この問題を告発したのが Lucky Dragon Series


ベン・シャーンは 亡くなった 無線長 久保山愛吉さんを 主人公として描いていますが

ベン・シャーンは 次のようにも 述べています

「放射能病で死亡した無線長は、あなたや私と同じ、ひとりの人間だった。
第五福竜丸のシリーズで、彼を描くというよりも、私たちみなを描こうとした。」
(ベン・シャーン×アーサー・ビナード「ここが家だ」より)


私たち自身の問題であると


フクシマの状況に接して 「他人事ではない」

そんな思いが 私たちにも 甦ったように思います

しかし 人間は 忘れ易いイキモノ

不正確で 不十分な情報で 眼や耳を塞がれていれば なおのこと

・・・

ベン・シャーンの この 「Lucky Dragon Series」をもとに

アメリカ生まれで 大学卒業とともに来日して

その後 日本語で詩を作り 中原中也賞も受けた 詩人のアーサー・ビナードが

文章を付けた 絵本があります

絵本 「ここが家だ」

その帯には こう記してある


「この物語が忘れられるのを じっと待っている 人たちがいる。」


そう

ヒロシマ・ナガサキ 第五福竜丸 そして フクシマでさえ

為政者の言葉を聴いていると まるで 済んでしまったことのようにも


忘れてはならない事

私たち自身の問題である事

今もまだ続く苦しみと危険である事


そんな メッセージを 改めて強く感じました

・・・

第五福竜丸が 釣り上げた マグロは 放射能汚染のため 築地市場に埋められました

第五福竜丸自身は いま 夢の島に 展示されています




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ベン・シャーン クロスメディア・アーティスト
写真、絵画、グラフィック・アート
Ben Shahn : Cross Media Artist / Photographs, Paintings and Graphic Arts


名古屋市美術館       2012年 2月11日~2012年 3月25日
岡山県立美術館       2012年 4月 8日~2012年 5月20日
福島県立美術館       2012年 6月 3日~2012年 7月16日





 

ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸/アーサー・ビナード

¥1,680
Amazon.co.jp






「 ベリー ベリー ストロング~アイネクライネ~ 」  斉藤和義




ラッキードラゴン ~ ベン・シャーン展(1)


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欄干のスリットに 行儀良く収まった 富士

夕映えに 跳ねる カジキマグロ

三浦市・三崎漁港は かつて マグロで賑わった町

マグロの水揚げだけでなく

船体の修理や 遠洋航海の 物資の補給地でもあった

今では 世界各地の海で 操業を終えると

帰路 安価な上海などに 寄航して 済ませてしまうのだそうだ

以前

地元で マグロの加工工場 ( こうじょう より こうば が似つかわしい ) を

長年 営んでいる もう おじいさんと 呼びたき人に 聞いたことがある


・・・


私:「 三崎も昔はずいぶんと景気が良かったらしいですね? 」


爺:「 いいなんてもんじゃない。スゴかったんだから!とにかくよォ 」


爺:「 でもな、ここ数年はずっと右肩下がりだよ・・・ 」


私:「 いつごろから、悪くなってきたんですか? 」


爺:「 そうだなー、ピークは昭和30年頃じゃねえか? 」


私:「 えっ。 ( ここ数年って・・・) それ以来、右肩下がりなんですか? 」


爺:「 そうだ 」


私:「 すごい右肩ですね~。まだ、肩が残ってるのがすごいです! 」


爺:「 がははは。にいちゃん、面白れえこと言うな~。まあ、飲みな 」


・・・


まだ 日も高いというのに 湯呑みの酒と 干物を出してくれた

加工場の隅には クズ肉を狙って 野良猫が 前足を揃えていた


・・・


仕事も無く 人も出てゆく 見渡す町中は 不景気には違いないけれど

どこか あくせくしない

悲しみの色の中にも 時間の豊穣さが 感じられた



今の世の中 一握りの人を除けば 将来への不安を持つ人が 大多数でしょう


けれど 人びとが 競い合い 奪い合いして 思うままの消費を まかなえるほど


この 地球という 果実は 決して 大きくないことも わかってきた


そして 競争に参加して 勝ち抜くことが イコール 幸福ではないことも・・・


求めず 奪わず 譲り合う


「こころ豊かな貧しさ」 という在り方も あるのではないかと思います


「貧困」 は 文字通り 困るけど 「清貧」 なんて いい言葉も ありますね


・・・



今日も たどり着けず(笑)

展覧会については (2)で!







「 キャンディ 」  原田真二

※ 草の葉に光る朝のきらめきを 素肌にかけてあげる・・・