2020年COVID-19爆発 -7ページ目
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恐竜からの遺産

今から六千五百万年前、巨大な彗星もしくは隕石が地球を襲った。当時全盛を極めていた巨大爬虫類がそのため全滅することになったことは今では子供でも知っている。しかし、同時に大打撃を受けたはずの哺乳類はその後どのようにして復活するに至ったのだろうか。とにかく恐竜は滅び、哺乳類は滅びなかったという訳だ。その奇跡的な事件の後、現在の人類は哺乳類の末裔として生まれてきたのであるが、その類まれな頭脳によって、今や一大繁栄を築いている。その文明は地球上の全ての場所を支配し、今や宇宙にまで手を伸ばし始めている。しかし、輝きが強くなる程、にせものの理論もまたはびこってくる。人類の更なる発展のためには、にせものの理論をどうやって見分けるのかが重要な課題になってくるのだろう。そんな状況の二00X年、船橋にある国立生命起源研究所にアメリカから一通のメールが飛び込んできた。発信者はNAPAのリックという人物で、その内容は驚くべきものだった。恐竜亡き後、地球を支配したはずの人類は恐竜に向かって進化しているというのだ。恐竜が人類の子孫になるその理論を彼は[恐竜子孫説]と名づけていた。そう遠くない将来、恐竜が人類の子孫であるという証拠が見つかるだろうという大胆な予想だった。この文書はインターネットを通じて世界の名だたる研究所全てに送られているらしい。 「また、変なメールが来ていますが、どうしましょう。」 国生研の係員は早速上司に報告した。 「先取特権ねらいか。どうもこの手のメールが多いな。全世界に思いつきを直ぐに送って、後で何かしっかりした証拠が出てきた時、既にそのアイデアは公表されていますという証拠作りだろう。こんなわけの分らない内容でよく出してきたな。」 上司はそのメールに一通り目を通してあきれたように言った。 「捨ててしまいましょうか。」 係員は気を利かして言った。 「いや、とりあえずファイルしておこう。とにかくアメリカのNASAからの報告じゃ無視して後で何かあってもまずいだろう。」 上司はうんざりしたように言った。インターネットが普及して以来この手のガセネタが来ることが多いのだ。係員は上司が何か誤解しているのじゃないかと思ったが、忙しそうにしている上司にそれ以上時間を取らせるわけにもいかないのでさっさとファイルしてしまった。確か、差出人はNAPAであってNASAではなかったような気がしたのだが…。多分このファイルは二度と開かれることはないだろうから、そんなことはどうでもいいことなのだ。しかしこのとき、係員はコピーを一枚取った。それは、あまりにも荒唐無稽な内容に興味を持ったからだった。それによると、人間と他の動物の違いを調べていたリック氏は、馬も鯨もそして昆虫も魚も全て過去しか見ていないことに気付いた。彼らが生きていくためには過去だけが重要なのである。どのようにして生き永らえてきたのかさえ知っていれば同じようにして生きていくことができるというのが動物達の考えである。ところが、人類は常に未来を目指して生きているように見える。どうして人類だけがそんなことになってしまったのだろうか。そこからリック氏は、天才的な発想を思いついた。人類においては何故か時間の流れが逆転している部分がある。そのため、過去の恐竜に向かう変化が未来の恐竜への進化としてとらえられるらしいのである。そして、人類は恐竜に向かって進化していると考えると、我々の行動全体が合理的に理解できるというのである。リック氏は具体的に恐竜化の例を挙げていた。彼によると最近の人類は攻撃性が強くなり始めている。おまけに歯に対する関心が強くなってきている。今はまだ歯の白さについてうんぬんしている程度だが、やがて、大きい立派な歯が賞賛されるようになるだろうという。皮膚についても最近は様々なものを塗りたくるのが流行ってきたという。自然な皮膚の代わりに、より機能性を求めて油を塗ったり、土を塗ったりするようになったというのである。また、話す言葉も叫びに近いような乱暴なものになってきているらしい。リック氏によるとそれらの特徴をまとめるとまさに恐竜を目指しているとしか思えないということであった。どうしてこのようなことになってしまったのか。あの過去の恐竜達はどのようにして現代の人類の中に紛れ込み、子孫となることができるのか。リック氏は今真剣にそのメカニズムについて考えているらしい。そしてつい最近大きな理論的飛躍があったということである。その理論の裏づけとなる実例をリック氏は探していた。化石に隠されている情報をとにかく集めようとしていたのである。そのために、彼は自分の所属するアメリカの政府設立組織であるNAPAが進化についての情報を集めていることを各国の研究所に連絡し、協力を求めてきたのであった。しかしその目論見は一瞬にしてファイルの中に閉じ込められ消え去ってしまった。 その日の仕事を終えて国生研の係員は帰りに大学時代の友人と飲みに寄った居酒屋で酒の勢いもあって愉快な話を紹介していた。 「僕の仕事はいかにも地味な仕事だけれど、時々はとんでもないユニークなアイデアだって飛び込んで来るんだよ。今日だって。」 彼は恐竜子孫説のあらましを面白おかしく話した。 「妙な理論だろう?過去の生物である恐竜が未来の生物になるなんて、全然荒唐無稽だろう。そんなのが平気で飛び込んでくるんだ。」 係員はあたりまえのことのように言った。 「そうだね、時間軸でも引っくり返らない限りありえない話だ。」 話し相手の、いかにも物理でもやっていそうな男は相槌を打った。 「時間軸が引っくり返る?そんなこと起きるのかい。」 係員の男はすこし意表を突かれたようだった。 「そう、確か、素粒子の衝突じゃ起きるらしいけど、普通の世界じゃよっぽどの衝突でもなけりゃそんなことは起きないだろう。…巨大彗星の衝突のときにそんなことが起きたのかな。…やはり荒唐無稽だよ。」 彼は言葉を選びながら慎重に言った。こんなばかばかしいことでも物理をやっているくらいの人間は真面目に考えるらしい。係員は非現実をまともに考える様子を見て、やはりリックもこのタイプの人間なのだろうなと思うのだった。やはり世の中にはこういうことを真面目に考える人が何人もいるのだ。 「しかし、面白いことを考えるものだね。きっとそれを考えた本人は真剣だぜ。それにしてもどうしてそれがアメリカでプロジェクトとして認められたのかな。そっちの方がよっぽどおかしいね。」 物理の男はあきれながらも少し羨ましそうだった。 「だけど、最近の人間が恐竜に向かって進化しているという観察はなかなか鋭いところを突いていると思わないか。目の付け所は良いようだよ。」 係員は恐竜子孫説が少しは気に入っているようである。 「それは言えてるね。とにかく僕の周りでも最近特に女性スタッフにその傾向が見られて参っているんだ。こっちに弱みがあると自分のことを棚に上げて直ぐに突っかかってきたり、引っ掻いたりしてくるし、高かった声が年とともに大声になってくるので、皆、戦々恐々だよ。おまけに最近の化粧品の進歩は凄いから美人になっているしね。自信をもたれると、男としては打つ手がない。これは確かに恐竜化の前兆だよ。」 物理男がそう言うと二人とも笑い出した。二人ともあまりもてるタイプではないらしい。いつの間にか話は違う方へと移っていった。リック氏のことも忘れられていた。係員の言う通りあのファイルは二度と開かれることはないだろうと思われた。こうして荒唐無稽な新説(珍説)が一つ現われると共に消えていったのである。 しかし、話はまさにここから始まった。あらゆる公的機関、研究所で完全に無視されたこの珍説が人類の起源としてやがて大々的に報じられることになったのである。NHKテレビの「そのとき歴史が動いた」風に言えば、この新説が日本の若い男女を巻き込む日英米三国の大スクープに発展する四ヶ月前のことであった。
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