ウツと株とプログラミング -28ページ目

ウツと株とプログラミング

うつ病で引退して、株トレードシステムを構築してたけど、ちょっぴり元気が戻ってWebデザイナーとして社会復帰しました(*'▽')/

今日はブログを二つも更新してしまいました。
……ええ、知っています。
「あなた。それは贅沢というものですよ」と、どこかの誰かに言われそうです。

なにせ、僕はいま 月々手取り8万円を目標に就職活動 をしている身。
国民民主党のお力添えがなくても、自然と非課税世帯に着地してしまう男です。
「年収の壁」なんて、むしろ向こうから歩いてこないと出会えません。

そんな僕に、ある日——
某転職サイトから「オファーが届きました」というメールが来ました。


📬 内容を読んでみると…

なんと、“経営企画担当”とのこと。
会社の数字を読み解いて、経営層に提案をし、
新規事業の戦略を立て、KPIを作り、
中期計画を描き、部署を横断的にまとめて、
新店舗の出店戦略まで担う……。

あれ?
これって、会社の未来を丸ごと背負うお仕事では……?


💼 そして気になる「お値段」は

月給 25万円〜35万円。正社員。

……??
静かに電卓を叩いてみると、年収400万円台。

「経営戦略も立てますし、現場調整もしますし、未来予測もしますし、資料も全部作ります」
そんな声が聞こえてくるような仕事内容なのに。

僕はそっと画面を閉じました。


🧘‍♂️ そして思ったのです

もしそんな立派な仕事をするくらいなら、

「半年でWebコーディング一式任せるまで成長してください。
月給8万円(賞与なし)」

こっちのほうが、まだ心が落ち着くのです。

僕にとっては、
きれいなHTMLとCSSが書けて、
静かにパソコンが光っていて、
「よし、これで動いた」とひとり頷ける世界のほうが、
ずっと“生きやすい”。


🌱 最後に(ちょっとだけ毒を包んで)

誰がどうとは言いませんが、
「そのお仕事に対して、そのお値段は……」
と、思わず天を仰ぎたくなることってあるものですね。

世の中にはいろいろな価値観があります。
だからせめて、僕は 自分が穏やかに働ける場所 を、
ひとつずつ丁寧に探していこうと思います。


 

朝から少しだけ空気が澄んでいて、
胸の奥にひとつ、小さな灯りがあるような日だった。

就労移行支援事業所に通いながら、
アキラさんは次の場所へ進もうとしている。
就労継続支援A型事業所――
それは、新しい働き方へ静かにつながる扉のような場所だ。

「クリスマスまでにたどり着けるといいな」
そんな願いを、心のどこかでそっと抱いている。

Webデザイナーとして働いていくために、
これまで積み重ねてきたものをまとめたポートフォリオサイトを作った。
ページを開くたび、
“ここからまた始まるんだ” と
体の中心がすこし温かくなる。

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けれど現実は、ときどき風のように気まぐれだ。

事業所のWi-Fiがふっと揺れて、
HTMLのアップロードが途切れたり戻ったりする。
そのたびに、小さな波風が立つ。

「帰ったら有線で確かめよう」
そう静かに決めて、アキラさんは作業を続けた。

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午後。
A型事業所の検索をするたびに、ログインが必要だった。
パスワードはすべてGoogleに預けているため、
自分ではほとんど覚えていない。

ほんの一瞬。
“これでいいか” と指が動き、
事業所のPCで自分のアカウントにログインしてしまった。

すると静かな画面の上に、
個人のブックマークが
そっと、しかし確実に並び始めた。

その光景を見たとき、
胸の中に冷たい水が一滴落ちる。

そして、慌ててアカウントを削除したあとには、
事業所の大切なブックマークまでもが
気配を消すように消えていった。

机の上の空気が、少しだけざわつく。

復旧に一時間。
やがて静けさが戻るころ、
“何をしていたんだろう” と
ふと笑ってしまうような、疲れの気配があった。

その傍らには、ChatGPT先生の小さな助言が
淡い灯りのように寄り添っていた。

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そんな一日の終わりに、
アキラさんはひとつの名刺を講師の方に渡した。
自分の名前と、自分の夢と、
その入口であるWebサイトのQRコードが載った名刺。

「技術者の視点で、感想を聞かせていただけますか」
そう頼む声には、
ささやかながら確かな決意があった。

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ただ、まだ直したいところがひとつある。
スマホでひらくはずのメニューが、
JavaScriptの気まぐれで沈黙してしまうことだ。

その原因を探しながら、
ドトールでコーヒーをひと口すする。

外の光が、
テーブルの端に細長く落ちていた。

今日はいろんなことが起こった。
小さな焦りも、ため息もあった。
けれどどれも、
未来へ向かうアキラさんの“道の途中”にある景色だ。

危なかったけれど、
静かに、確かに、今日も前に進んだ。

そのことだけが、
心の中で、静かな灯りのようにしばらく残った。

 

現在、障害者就労移行支援事業所に通っています。
ここに通う理由は大きく2つあります。

1. 生活リズムを整えること

今年2月から通い始め、最初は週2日からのスタートでした。少しずつ通所日数を増やしてきて、最近は週5日でも怖くなくなりました。


ここまで来られた自分を、まずは「よしよし」と褒めたいです。

2. “働き方そのもの”を見つめ直すこと

これまでいくつもの仕事に挑戦し、そのたびに象徴的な成果も残してきました。


でも、うつ病の再発で働けなくなり、強制リセット…という流れを何度も繰り返してきたのも事実です。


その一方で、リセットのたびに新しい仕事や新しい自分と出会える機会にも恵まれました。


ただ、それも今回がおそらく最後の挑戦。定年まで残り1年――今後は「第一線で働く」こと自体が社会的に難しくなってきます。


僕が働いていたNYでは履歴書に年齢・性別・顔写真の記載は違法でしたが、日本の慣習がそこまで変わるには、もう少し時間がかかりそうですね。


「職人」への憧れとWebデザイン

昔からずっと、手に職を持つ“職人さん”に憧れていました。


今の僕が目指しているのはWebデザイナー。コードもデザインも扱える「職人」になりたい。この世界に入れば、実力次第で年齢のハードルを越えられます。


だから「64歳までに就職」という当面の目標を、これからの1年間は“修行の期間”として使う方針に変えました。


学びながら、実務実績も積んでいくつもりです。そのために、Webデザインに強いA型事業所への移行を考えています。


“Web教官”という選択肢も

今はテレビからネットへと広告の流れが大きく変わっています。

TVCMよりもネット広告、リール動画、LP制作の需要が伸びていて、「Webを学びたい」という利用者も増えている一方、「教えられる指導員・Web教官」が圧倒的に不足しています。


この1年で本気でスキルを積めば、僕自身がそのまま指導員として働く未来もあるかもしれません。


地元に“Webに強いA型事業所”がない問題

ただ、地元ではなかなかWebデザインに強い事業所が見つかりません。

大阪市内まで行く必要がありそうですが、僕にとって今いちばん大事なのは「休まず通うこと」。


電車の乗り換えがない場所を中心に、慎重に探していきます。


そのためにも、まずは「早起き」

今日は7:33のバスに乗って通所。開所まで2時間ほどドトールで自習しています。


少しずつ、習慣を整えていく。


その積み重ねが、来年の“新しい自分”につながると信じています。