今日の言葉は、Diakonie(ディアコニー)。辞書によれば、「教会によって後援された社会奉仕活動」。
この言葉、最近のドイツの学校教師の間で盛んに議論されたもの。と言っても、教会にも関係ないし、日本語で「社会奉仕」という言葉を聞いて連想するものとはかなり違う。
ドイツの学校は、午前中で終わるシステムだった。小学校は当然のこと、高校でも1時半くらいに授業終了。とは言え、始まりは8時(8時からすぐに授業開始で、朝の会などはない)と日本よりちょっと早いし、日本のように昼休みを1時間くらい取るわけでもないから、1時半までにしっかり6時間授業をしているわけで、そんなに授業時間数が少ないわけでもない。だが、PISAの成績が他の先進国と比べて下位であることや、親が午後に働けないというシステムも問題視され、最近、午後も授業を、という運びになったのである。
午後も授業をすることになった、ということは、先生方は午後も働かなければならない。それは、先生方にとってもこれまでの生活が大きく変わることを意味する。そして、午後まで学校に残る子どもたちは、今までのようにうちに帰ってから昼ご飯を食べる、というわけにはいかない。学校で昼ご飯を食べることになる。しかし、どこで?どうやって?
教室ではサンドイッチ程度ならOKだけど、日本の給食のような温かい食事を教室で、という発想はドイツにはない。温かい食事は、どこか、食堂のような場所を作ってそこで提供すべきなのだ。それに、ドイツ的考え方としては、昼休みは自由時間。子どもたちは学校の外に出て行ってもよく、例えば近くのレストランやマクドナルドなどに行って食べてもよい。とは言え、学校によってはそんなのが近くにある訳じゃないし、近くにある場合は車通りの多いところで、子どもたちが事故に遭うかも、という心配も。さらに、休み時間は先生にとっても自由時間であり、州としても学校としてもその時間に子どもの監督をさせるわけにはいかない。
以上のような事情を加味して、職員会議で何度も議論された結果、昼休みの食事としてケータリングを導入し、そのために教室を一つ用意する、ということに。生徒がそのケータリングを利用するかどうかは、予め保護者から申し込みを受けておく。つまり、子どもによっては、ケータリングを利用せずに弁当持参や外食などをする、ということでもある。ケータリングは、自由時間への一つの提供、という感じだ。
そのケータリングを行うのが、今日の言葉、ディアコニーという組織。これは、たしかに教会がバックアップしているのかもしれない。でも、そうとも限らない。とにかく、利潤を求める普通の会社組織ではなく、社会奉仕活動として学校へのケータリングを行っている、というわけだ。子ども向けの昼ご飯を用意するわけだから、安価で内容のよい食事を提供しなければならない。
食事は外部に委託するにしても、食べたあとの皿などの始末や、限られた時間内にそれぞれが頼んでいたメニューを受け取って食べる(つまり、食べるメニューは子どもによって異なる)のを、やはり誰かが監督しなければならない。そこで、先生方がとりあえず交代で行おうということに。これこそ全くのボランティアである。
ドイツの学校制度は、今、どんどん変革しているところなのだが、お上はただ「午後も授業をする」と決めただけで、具体的な策は全て学校に委ねてしまう。そのあたり、自由といえば自由だが、どこかに非常にしわ寄せが来るわけで、教師側は誰もが割に合わないと感じている。