妻と長男と発達支援センターに行ってから
あっという間に一週間が経った。
自分は行った翌日に、職場の職員向けに毎朝送信している「朝メール」で
診断結果について、記載した。
自分の子供が発達障害である時に
それを隠そうとするのが普通のリアクションなのだと思う。
しかし、それをやったところで何かが改善するわけでもないし
隠すことで、より一層、自分の気持ちが後ろ向きになるのであれば
こんな無意味なことはない。そう思っている。
実際、最近、発達障害に関する様々な研究が進み
そして、世の中の両親の関心も高まっていることもあり
発見される率が高くなっているという。
約1割は何かしらの発達障害の兆候を示す、という話も聞く。
そういう意味では、別に珍しくも何ともないし
改善する余地があるかもしれないことだし
隠すなんてことはすべきではない、むしろしっかりと情報発信して
色々な協力を得られる環境を作っていくべきだ。そう思っている。
実際、「朝メール」で状況を発信した結果、複数の職員が
色々な知恵やサポートをしてくれた。
自分の中に閉じこもっていていると、このようなことはなかったのだと思う。
4月から、療育が始まる。月曜日の午前中になりそうなので
しっかりと午前休をとって、毎週自分が行ける体制を作っていこうと思う。
上司も理解のある方で、すでに了解を得ているので、非常にありがたい。
そういう訳で、自分にとっては、診断結果が出たことで
より明確に、動きやすくなったということではある。
週末には本屋で4冊、様々な情報が載っている本を買い込んできて
妻と一緒に読み始めた。
立ち止まっている場合ではない。現実を受け入れ、前に進むしかない。
妻は、まだ涙に暮れる日が多いようだ。
たまに早く家に帰ると、目を張らせている時がある。
それでも、彼女なりに、理解を示してくれそうな友人に
一人、また一人と現実を話して、情報共有をしようとしている。
すると、似たような経験をしたことがあるご近所さんがいたり、
もっと重度のお子様をお持ちで、色々とアドバイスをしてくれる人がいたりと
新たなネットワークができ始めている。
まだまだ言えていない友人も多いようだけど
自分とは違うスピードで、しかし確実に前に進んでいる。
道はひたすらに長いだろう。
目に見える結果がすぐに出ないのだろう。
時々休みたくなる時もあるだろう。その時はきっと休んでもいいのだと思う。
ただ、休んだら、また歩き始めないといけない。
前を向いて、目線を上げて。
先日の東京マラソンの時にも、似たようなことを思った。
見ず知らずのランナーに対して、沿道の応援してくれる人達は
ある意味親切心を持って、ある意味無責任に応援してくれた。
完走したいと思うのは、自分の気持ちひとつ。
皆さんの親切心を意気に思うもよし、無責任さに付き合うもよし。
そういうことなのだろうと思う。
がむしゃらに前を向いて頑張る、ということではない。
色々な情報を収集し、後悔のないように悩んで決断する。
長い道のり、息切れしないように、妻と二人で、途中からは長女も含めて三人で、
支えていくしかないのだと思う。
長男という存在が居てくれるおかげで、きっと我が家は団結していけるのだと思う。
前向きに、頑張りすぎず、正直に。
あっという間に一週間が経った。
自分は行った翌日に、職場の職員向けに毎朝送信している「朝メール」で
診断結果について、記載した。
自分の子供が発達障害である時に
それを隠そうとするのが普通のリアクションなのだと思う。
しかし、それをやったところで何かが改善するわけでもないし
隠すことで、より一層、自分の気持ちが後ろ向きになるのであれば
こんな無意味なことはない。そう思っている。
実際、最近、発達障害に関する様々な研究が進み
そして、世の中の両親の関心も高まっていることもあり
発見される率が高くなっているという。
約1割は何かしらの発達障害の兆候を示す、という話も聞く。
そういう意味では、別に珍しくも何ともないし
改善する余地があるかもしれないことだし
隠すなんてことはすべきではない、むしろしっかりと情報発信して
色々な協力を得られる環境を作っていくべきだ。そう思っている。
実際、「朝メール」で状況を発信した結果、複数の職員が
色々な知恵やサポートをしてくれた。
自分の中に閉じこもっていていると、このようなことはなかったのだと思う。
4月から、療育が始まる。月曜日の午前中になりそうなので
しっかりと午前休をとって、毎週自分が行ける体制を作っていこうと思う。
上司も理解のある方で、すでに了解を得ているので、非常にありがたい。
そういう訳で、自分にとっては、診断結果が出たことで
より明確に、動きやすくなったということではある。
週末には本屋で4冊、様々な情報が載っている本を買い込んできて
妻と一緒に読み始めた。
立ち止まっている場合ではない。現実を受け入れ、前に進むしかない。
妻は、まだ涙に暮れる日が多いようだ。
たまに早く家に帰ると、目を張らせている時がある。
それでも、彼女なりに、理解を示してくれそうな友人に
一人、また一人と現実を話して、情報共有をしようとしている。
すると、似たような経験をしたことがあるご近所さんがいたり、
もっと重度のお子様をお持ちで、色々とアドバイスをしてくれる人がいたりと
新たなネットワークができ始めている。
まだまだ言えていない友人も多いようだけど
自分とは違うスピードで、しかし確実に前に進んでいる。
道はひたすらに長いだろう。
目に見える結果がすぐに出ないのだろう。
時々休みたくなる時もあるだろう。その時はきっと休んでもいいのだと思う。
ただ、休んだら、また歩き始めないといけない。
前を向いて、目線を上げて。
先日の東京マラソンの時にも、似たようなことを思った。
見ず知らずのランナーに対して、沿道の応援してくれる人達は
ある意味親切心を持って、ある意味無責任に応援してくれた。
完走したいと思うのは、自分の気持ちひとつ。
皆さんの親切心を意気に思うもよし、無責任さに付き合うもよし。
そういうことなのだろうと思う。
がむしゃらに前を向いて頑張る、ということではない。
色々な情報を収集し、後悔のないように悩んで決断する。
長い道のり、息切れしないように、妻と二人で、途中からは長女も含めて三人で、
支えていくしかないのだと思う。
長男という存在が居てくれるおかげで、きっと我が家は団結していけるのだと思う。
前向きに、頑張りすぎず、正直に。
