先週の2月7日のこと。

昨年9月以来の長男の学校での面談。

今回も、前回に続き自分が面談に行った。

 

長男がこの日は、ちょうどお昼の給食で何も食べられるものがなく

学校が終わって、家に帰ってきたら、腹ペコであることが想定されていたので

妻が家に残り、自分はテレワークだったけど

2時間の時間休みを取って、面談に行くことになった。

 

長男は自閉症スペクトラム、知的障がいを持ち

特別支援学校に通う、小学校2年生。

 

昨年の面談では、学校でしか見せない色々な姿を

担任、副担任の先生が教えてくれて、

うんうんと頷きながら、長男なりに学校に行くことで

スイッチを入れて、頑張っているんだな、ということを感じたことを思い出した。

 

果たして、そこから約4ヶ月。どんなストーリーが聞けるのだろう、という楽しみを胸に教室に向かった。

 

今回は担任の先生と学年主任の先生のお二人。

お二人からお聞きした話は、以下のような感じだった。

 

  • 自分の身の回りの段取りを自分一人でやれるようになっている。最初は絵カードを見せてやっていたが、今は絵カードなしで、自分一人でできている。
  • 服は脱ぐときにひっくり返ってしまい、表裏を自分で元に戻すのは、まだできない。先生に戻してくれ、と服を渡すことはできているので、ひっくり返ったままでは着ない、ということは分かっている。
  • 服の前後は正しく分かっている。ズボンの足も片方ずつ入れられるようになった。
  • トイレに自分で行くことはできないが、不快感を示すことはできるようになった(オムツを触る、ズボンの中に手を入れる)。先生が「トイレに行ってきたら」というと、トイレ用のトートバッグを持ってトイレにいけるようになっている。
  • 席に座って、時間を過ごすことができるようになった。課題が楽しすぎて、嬉しくて立ってしまうことがあるが、離席することはほぼなくなった。
  • 白ご飯を食べることと一緒に、これまであまり食べなかったお肉やお魚を食べられるようになった。先生が「白いご飯を食べるためには、これも食べよう。」と言って、駆け引きができるようにもなっており、見慣れない食べ物でも、口につけてみよう、というチャレンジができるようになっている。
  • 教室を移動する際に、友達と一緒に手を繋ぐことができている。
  • できることが増えてきており、受け入れることへの耐性ができているように感じる。先生側も色々と挑戦を促しやすくなった。
  • 朝の課題は、できるようになってきたので、全て刷新した。簡単な課題はやらないようになってきている。自分で間違いに気づき、修正する力も出始めている。
  • 「同じ」という感覚が身についているのかもしれない。絵のマッチング課題、難しい内容もできており、何かと何かを比較して、同じようにする、という感覚が芽生え始めているのかもしれない。
  • 手当たり次第、課題を解くのではなく、手元をよく見てから行動する、ということができるようになっている。
  • 遊びや音楽が好きで、授業内容が変わっても、受け入れられるようになっている。初めての授業は機嫌が悪くなるが、次回以降は、しっかりと受け入れて、やれるようになっている。
  • 集団の授業に参加する感覚が芽生えてきている。一人で遊んでいても、みんながかけっこを始めると、笑って眺めたりしており、一人の世界に没頭する感じではなくなっている。
  • 朝の準備(登校時の服から学校での服に着替えたりする)をルーティーン的にやっていたが、途中で止まって、周りの子たちの様子を見たりしている。今までにないリアクションをする時があり、自分のこだわりが少し柔軟になってきている。

毎日、決まった時間に服を着替え、バス停まで、妻の自転車に乗り込み

学校に行って、午後2時過ぎまで、どんどん流れていく授業の流れの中で生活をする。

 

多くの人にとっては、何気なく過ごせているのかもしれないけど

よく、ここまで、学校の時間に適応して、しっかりやっているな、凄いね、と思いながら

お話を聞き、必死でメモを取り続けていた。

 

このブログを書いているパソコン画面が

さっき、チラッと長男の目に止まった。

写真は長男が通う学校なのだけど、その一部が見えたようで、

必死に画面をスクロールして、下に行け、もっと見せてくれ、とアピールしていた。

やはり、この子の「見る力」「記憶する力」は凄い。

たった一部しか見えていないのに、そこがどこか分かるなんて、凄すぎる。

そう思った。

 

体はどんどん大きくなり、2学期の終わりには登校バスの背もたれに頭を強く打ち付けすぎて

バスの椅子が壊れる、ということがあった。

直前に保険に入っていたので、その保険で対応ができたのだけど

着実にコントロールが効かない体つきになってきている。

 

コントロールしよう、分からせよう、という発想ではなく、

既に多くのことを理解している、分かっている、という前提で

その理解が行動に結びついていないだけ、という前提で

接していかないとな、と思う。