昔々、ワーキングホリデーでニュージーランドに滞在していた時、ファームステイ先で10歳くらいの少年と出会った。最初はお互いにちょっと人見知りだったけど、しばらくすると気が合うとわかった。打ち解けてからは、遠慮なしに言いたいことを言い合うような仲だった。
私は、年の離れた可愛い弟ができたような気分。少年からは、お姉さんというより、図体のでかい同級生のような扱いを受けていたと思うが。笑
少年は少年のママと、毎晩おやすみのハグをしていた。かわいいなあ。いつもはやんちゃで生意気だけど。
そのお宅にお世話になって、何日目だっただろうか。ある日、少年は私にも両手を広げた。Good night、ハグハグ。
少年のママが、あの子があなたにハグするのを見るとうれしい。誰にでもハグするわけじゃないのよ、と言ってくれた。そうなんだ。じゃあ、受け入れてもらったってことなのかな。なんかうれしいな。
少年とのおやすみハグは、南半球の暮らしでの、微笑ましい思い出のひとつです。
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さて、ハグといえば、
避けて通れないのがこの真ん中の御人。
避けて通ることなど、できるわけがない。
前回も書きましたが、かーくんはハグをするとその人のことがわかるらしい。
本当にそうなんだと思う。
愛情も、緊張も
計画も、無計画も
悩みも、からっぽも
伝わってるんだね。
いつもうまく話すことはできないけど、一番労いが必要なのはかーくんだと思うから、いつかお背中ポンポン返しをしようとは思った…けど、ちゃんとできてたのかな…?
うまく話せなくてもいい。
ハグは、言葉の要らない対話手段なのです。ありがとう、おつかれさま、おやすみなさい、あいしてる、すべてのかわりになる。
ギュウ
あら?
私は面白いことをしても言ってもいないのに、大好きな笑い声が耳元で聞こえる。
かーくん、どうして…⁄(⁄ ⁄•⁄ω⁄•⁄ ⁄)⁄
…あっ!これはきっと、
「おうおう、そうか、そんなに俺のことが好きなのか~!」の笑みだ。
はい、そうなんです。
ついにバレましたか。
いやずっとバレてました?
そんなに、好きなんです♡
(心の声です。実際には何も言えてない^^;)
…しかしなんだろうね、この状態は。
肩ごし、耳元で、かーくんの笑い声が聞こえるだなんて。キュンを通り越して、もはやシュール圏に突入である。
幻聴…?
いやいや、これは、まごうことなき。
ほら、こういう時の、朗らかな笑い声。
ギュウ
ポンポン
幻…触?
かぁくん⁄(⁄ ⁄•⁄ω⁄•⁄ ⁄)⁄
好き…です……
ほんの一瞬で、どうやって人のことを見破るんだろう。
諸星和己、おそるべし♡
文字通り、懐が深い。
本当に物凄いサービス精神の持ち主だなあ。こっちはすでに、底なし沼で始終溺れているのですよ。もうこれ以上ないってほど、好きなんです。そう言ってるではないですか。
そんな人を、わざわざ力いっぱい沼に沈めにかかる諸星氏。沈められているっていうか、瞬間的には、空に高々とぶん投げられる感じか。初めて握手してもらったときもそうだった。どうすりゃいいのよ、空に放られたままで。
私は、かーくんのライブの帰りは、ぼーっとしていてよく逆方向の電車に乗ってしまうが、あまり土地勘のない名古屋においてそれはよくない、と平常心を保って…いたつもりが、途中の駅で降りてしまった。駅員さんに聞くまでそこが伏見(名古屋の隣の駅)だったと気づかないというボケ具合。東京に戻っても、まだ使う乗車券を取り忘れて自動改札を出てしまった。
かなり骨抜きにされたらしい。
しかし名古屋ライブの翌日は月曜日。余韻に浸る間もなくあっという間に満員電車と仕事に揉みくちゃにされた。まったく光らない現実だよ。あーあ。
骨抜きのフニャフニャ状態では日常生活に支障が出るので、無理矢理自分をしゃんとさせた。仕事は、仮歯ならぬ仮骨(?)でしのいだ感がある。
良いこともある。かーくんのことを考えると、光らない現実に対してもなぜか優しくなれるんだ。
本当の自分は、まだフニャフニャ。ふとした時に思い出してニヤニヤ。
人の記憶ってあいまいだし、時間が経つとだんだんとぼやけてきてしまう。曲げたくも忘れたくもないのに。そのままを覚えていたいのに。
あれは夢か妄想の産物だったのかなあ?と考えることもある。
でもきっと、ずっと覚えているだろう。
あの日の少年のおやすみハグのように。
思い出をありがとう。
壊れるほどに誰かを 抱き締め続けたいな
どんな時代がきても 人は愛を生み続ける
