時々、人混みを避けて音楽を聞きながら散歩している。
アップテンポな曲を中心にランダムに聞いたりもするが、そろそろ帰ろうかなと思っている時に諸星和己さんの曲がまわってくると、もう少し"一緒に"歩こうか^^なんて気分になる。"一緒"ならどこまでも歩けそうな気がするのどうしてかな。
しかし諸星さんの曲なら何でもいいというわけではない。バラード系ラブソングはダメ。選曲間違っちゃダメ、歩くどころか立ち止まって涙腺崩壊を起こすから。そこは気を付けている。この東京砂漠、マスクとサングラス姿のおばちゃんが道端でぼうっと涙していても放っておいてくれるとは思うが万が一心配した人が寄ってきちゃったらよろしくないよね、今は特に。
それはそうと、最近ふと思ったことがある。
諸星さんて、自分の歌をとても大事そうに愛おしそうに歌うんだな…
遠目薄目で見ていたときは、チャラっとした大人になっちまったのかと思っていたが、歌声を聞くうちに(物理的距離はさておいて)だんだんと近づいたような気になって、あれ?なんかおかしいな?世間のイメージとは違うな?と思うようになった。私は専門的なことはわからないが、なにかにつけ、たとえば英語の発音ひとつにしても、意外と(?)丁寧で、ノリと勢いでなんでもやっちゃいそうな表向きのキャラクターとどうも合わない。
音楽と自分自身に真摯に向き合っている。それだけでなく、私の勝手な言い草だが、たぶん、音楽が愛おしくてたまらないのだろう。そんな歌い方なのだ。
こうして見てみると、一貫して何でも愛おしそうに抱き締める人だなと思う。
波止場の杭であれ、仔犬であれ、LINEの返事を待つスマホであれ、スマホケースであれ、行列をなすファンであれ、苦楽を共にしたメンバーであれ、自身の歌であれ。
こんな言い方していいかわからないが(でも誉め言葉^^!)…「乙女ハグ」だな。と思うこともある。
*hugger=抱き締める人。ハグ好きの人。
かーくんは絶世のhuggerだと思う^^
ハグのある世界を、取り戻さないとね!
「壊れるほどに誰かを抱き締め続けたいな」を今のかーくんで歌ってほしいな。
この曲(と荒野のメガロポリス)当時から好きだったけど、今聞くとさらに染み入る。