「最近うちの娘の無気力ぶりがひどくて、なんに対しても『どうでもいい』という態度なんです。大学2年生の20歳なのですが、最近は学校も休みがちで、このままだと、ひきこもりになってしまうのではないかと心配です」
ひとり娘とのコミュニケーションが思うようにいかず、悩んでいらっしゃったお母様から、こんな相談を持ちかけられたのは、今から10数年ほど前でした。
お嬢さんは半年前に、ボーイフレンドと別れたことがキッカケで、かなり落ち込んでいたとのこと。それが半年近く過ぎても回復せず、自殺するような気配はないが、外界に対して意欲や関心を持たなくなり、生きる意欲をなくしてしまったようだ、なんとかならないでしょうか……というお話でした。
数日後、Sさんはお母様と一緒に私の事務所を訪れました。Sさんは、ほっそりとして肌が白く、線が細い印象の、とても奇麗なお嬢さんでした。
ただ、真っ直ぐこちらを見ることはなく、口数が少なく、何を聞いても能面のように無表情で、ポツリポツリと答えるだけでした。確かにお母様がおっしゃるように「抜け殻のようで、生きる意欲をなくしている」という印象がありました。
ですが、お母様の意見に逆らうような振る舞いもなく、これまでもお母様と一緒に病院でカウンセリングを受けたり、ビタミン剤や軽い抗うつ剤の処方を受けたりと、周囲の勧めにはおとなしく従っていたようです。
私の色診断を受けることについても、特に抵抗感もなく、同時に興味も関心もなく、言われるままついてきた……といった様子でした。
成人に行う色診断は、被験者側が色によって心を見せることを、ある程度了解して進めるものです。ところがSさんのように、最初から完全にシャットアウトした状態では、診断の進めようもありません。
ですので私は、この日は色彩心理診断を行わず、Sさんに宿題を出すだけに留めました。
Sさんに出した宿題とは「塗り絵」です。
私は色のついていない、線描きの絵の束をSさんに渡し、毎日必ず色鉛筆で色を塗るように言いました。そして、最低でも1週間に1枚は完成させるように……と。Sさんは、素直に受け取り、無表情のまま「わかりました」と答えました。
お母様は、診断を行わないことに、今ひとつ納得がいっていないようでしたが、「今診断を行っても、正しい方向性は出せないので」という私の言葉に納得し、「塗り絵」の完成に協力することを約束してくれました。
近年では、大人が行う「塗り絵」の「セラピー効果」……というのが見直され、話題になっています。ですが、今から10数年前は、ごく一部の研究者が試験的に使うだけで、現在のようにストレス軽減効果や、リラクゼーション効果は証明されていませんでした。
Sさんの場合は、この「塗り絵」が大きな効果を発揮したのです。親に言われるままに始めた「塗り絵」でしたが、実は「塗り絵」は「受け身の作業」ではなく、色鉛筆を選ぶ段階から「能動的な作業」となります。
つまり、自分の意志を表面に出したくないSさんも、何色を選ぼうが、それは「自分を強く意識する」ことになります。「塗り絵」は、見た目は静かな作業に見えますが、実は大変アグレッシブな行為でもあるのです。
Sさんの「塗り絵」は、最初はおずおずと、静かな色合いでまとめられていましたが、回を重ねるうちに、だんだんビビットに、激しい色使いに変化してゆきました。
几帳面な性格を表す塗り方は、相変わらずでしたが、塗る道具も色鉛筆からクレパス、マーカーと変化していき、強い色使いに変化し……彼女の内面で滞留している怒りの激しさが、徐々にうかがわれるようになりました。
2か月も過ぎる頃には、「塗り絵」は、当初の完成予定の数倍以上となり、Sさんの様子も大きく変わりました。そして、初めて本人の意志で、私の色診断を受けることが可能になったのです。
その後の、Sさんとのセッションについてのお話は、またの機会にゆずることにいたしましょう。
感情を表に出さないことで、傷つきやすい自分をプロテクトしてきたSさん。一見、敷居が低いように見えた「塗り絵」が、実は自身の感情を引き出すキッカケなのだと気づいたのは、いつ頃からでしょうか。
正規の色診断を受ける前に彼女が「うまく先生に、だまされましたね」と、笑いながら言ったのが、とても印象的でした。
【TOPICS】
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