”GO TO キャンペーンを考える” | unixbossofficialのブログ

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  色々と議論されている国の施策として打ち出された「GOTOキャンペーン」で議論が白熱しています。 

コロナ第二派ともいえる昨今の感染拡大は、危機感を感じている消費者が「GOTOキャンペーン」をどう捉えているか?

 国として、経済の活性化のために打ち出したこのキャンペーンが、

観光業を始め、旅行業、飲食業、そして運送業等々の活性化にとっておきの施策でした。しかし、残念ながら東京を発着する地域限定ではありますが、一部見合わせとなりました。

 久しぶりの家族でのんびりと温泉でも浸かって英気を養いたい。

 友人たちと美味しい料理を食べながらお酒を酌み交わしたい。

 少し遠くに出掛けて、日々の生活から抜け出せる歓びを感じたい。

等々、夏休みを多くの方々が期待していたことだったことでしょう。

今回のコロナ禍によって、国の方針も朝令暮改の如く方針転換をさせられることもよくあり、社会全体が一喜一憂している現実は、初めてのことでもあり致し方ないと思います。

 今回の変更等に関して、メディアの在り方に多少の疑問を感じざるを得ません。結論ありきの報道が多く「コロナ対策を全てに優先する」との名のもとに、コロナの恐怖心を煽る報道が強く打ち出されています。

 経団連の考え方として「GOTOキャンペーン」に期待を寄せる関連産業の方々の想いが、あまり表現されることもなく、その仕事に携わる、方々の生活への想いを届けることが少なく感じています。

 私の考えは、仕事をするということは生活をすることとイコールだと感じているのです。隔離された社会で、コロナ怖さに隠匿の生活を余儀なくされ、社会生活を営むことはできません。

 仕事を通じて生活を支える。この基本的社会生活無しに、今の人間の生きる道が閉ざされてしまうのです。

生きるということが、単なる生命を維持する。と言うことだけではありません。生命を維持することと、生活を楽しみむと言うことは、同時進行でなくては、生きている意味が半減されてしまうのです。

どんなにお金持ちでも、自らの意志で生活をすることのできない状況で、生きている価値が半減されると言っても過言ではありません。

 

 誰しもが年齢を増すごとに命の大切さを知るようになります。私も今日75歳を迎えました。後期高齢者の仲間入りを致しました。

人生100年計画と考えると、まだ1/4の残りの人生があります。この残された人生を充実した時間を過ごしたい。

と思うのは、健康で有ることが大前提です。

 そして健康であるからこそやりたいことを見つけることもできる。

人生を謳歌するには健康と共に、生きる力として生活を楽しむことができなくてはなりません。

生きるということは何かしら目的を持っていることです。

旅をしたり、趣味を謳歌したりするのは当然ですが、仕事に従事させていただける幸せを共に味わうことことこそ満足感を得ることなのです。人とのふれあいこそが生きる喜びと言っても過言ではありません。

人間社会の在り方も変化しつつあります。ZOOM会議などはその典型です。でも顔を見られることで、多少はコミュニケーションが取れます。それでも家族との触れ合いなどは日々顔を突き合わせることによって生まれてくる感性こそ大切ではないでしょうか?

若者たちに広がる無力感!生かされている自分自身の存在価値観を見出すこともできず、時には自らの命を絶つ者も現われてきています。

命を守ると同時に、生活を守ることも人間としての存在価値を持つ意味で大切なことでもあります。

そんな意味で、今回の観光業・旅行業・飲食業を始めとする活性化プロジェクトが活力を生み出し、生活の歓びを感じるようになって欲しいと思います。

但し、重要なことは、感染拡大を防ぐ努力を怠ってはなりません。決してコロナを甘く見ないで「自らの命は自らが守る」この判断力を絶対に忘れないことです。

「自己責任」である。楽しんだ結果、感染拡大に至ってしまった。と言うことは絶対に有ってはならないことです。

ひとりの感染が、どれだけの人に迷惑を掛けるか?そのことを忘れずに行動することです。

「GOTOキャンペーン」皆さんも是非トライしてみてください。その仕事に携わる方々への敬意を忘れずに!