今朝は5時くらいに起きた。寝る前にパソコンでYouTubeを開いていたらしいんだけど、チベット僧による瞑想のレクチャーが勝手に流れ始め、その音で目が覚めた。
夫を起こさない様にパソコンを閉じると、ちょうど近所の寺院からもお祈りのお経が聞こえる。毎日の祈りの時間。偶然起きたことに乗じて、私も座って座禅をしてみる。
気が散ることこの上ない、という感じ最近の瞑想。ここ1週間半くらいは夢が鮮明過ぎて、情報量に脳が疲れている。火星が魚座に入ったっけ?出生図の月の場所。
クリヤヨガでやる背骨をプラーナが上下するイメージは、生理の時はやらない方が良いと先生が言ってたので、なるべく封印すべく頑張る。オルタナ・ナストラル呼吸法を12回右手でカウント。その後、外から聞こえるお寺のお経の声に合わせ、呼吸が第三の目に集まるイメージング。
夫がすぐ側で寝返りを打つ度に「起こさないかな?」って心配になって集中が途切れる。うまく出来ないやーて思って気がついた。
夫の事、気にし過ぎなんだ私。。。
夫は、家に居る間はずーっと構ってもらいたがるタイプ。気にしてあげないとスネちゃうんじゃないかって、神経使って疲れるの、無駄だよね。
夫を瞑想の(邪魔)にしてしまっているのは、
私だ。
他者のせいにするのを一切やめて行きたい。
昨日ブログで書いた様に、過去の傷ついた自分を迎えに行ってあげたかったけど、集中出来ずに上手く繋がれなかった。
でも、感じていた。辛いなーーって気持ちが、いつも心の何処かに残ってる。それが今は、日本の家族に会えない事、コミュニケーションが取れない事の辛さとリンクして共鳴してしまう。
私、助けを求めているんだって自覚が出来た。最近は何もない時でも日本の家族に電話をするようにしてる。
朝、母からスカイプが来て「インドへは郵便局の航空便が停止してるって。船便も早くて2、3ヶ月、遅くて4、5ヶ月かかって、盗難もあるからお勧め出来ないって言われちゃった」と。荷物に入れてもらう予定だった日本食も流産の時の保険給付の書類も、「お預け」かと思われた。
でも、問い合わせたら返事が来て、デジタル保険申請の対象かもしれないと。海外の入院分もデジタル申請出来るとは、アフラックのHPのどこにも書いてなかったけど。問い合わせてみるものだ。
スキャンして添付するため、流産当時のカルテやレシートを整理していたら、再び蘇る死闘の戦慄!!笑。本当に背筋が凍りつく様な震えを覚える。。カルテの一文字一文字が、当時の私の不安と期待、夢破れた心痛と身体的苦痛の歴史だったなぁと、改めて。
でも、少なくともそう「感じる」ことが出来た今日。
今までこれを感じ切る事が難しかったから、中々保険請求の作業に取りかかれなかったんだ。。(1回目はこの吐き気と悪寒と戦いながらドクターのサインをもらいに行ったのに、その後の記憶が曖昧で、結局どこかに書類を紛失した。)なのに、
「どうしてちゃんと出来ないんだろう?」って、
2年以上も内心ただ責め続けていた。
だって辛かったんだもの。直視出来なくて自然なのかもね。当時の自分は分からなくて、ただただ、無能になってしまったと勘違いし続けて。
悲しみさえ封印するしかなかった。
言葉にも表し様がない気持ち。
それを
お金に替えようだなんて
辛くて苦しくて
癒えてない間は、当然だよね。
過去の私が、応援してくれている。
そんな風に思えたのは、昨日の朝の瞑想が初めて。だからか、今日はカルテや請求書を苦々しさ以外の思いを持って見つめる事が出来たかもしれない。
大きな夢を見た私。
失敗したかもしれないけど
カルテに記された一文字一文字が
私が精一杯闘った証だった。
どんな小さな文字も数字も
本当は忘れることなど出来ない
愛と勇気と希望の証。
悲しみのまま凍結しないで、
あの時の思いを、生きた形にしたいとようやく思えた。
また次の希望に繋げるために。
(デジタル申請、うまく行きますようにーーー!)