仏教クラスで執着(attachment)について習ったのだけど、
物事に頑な執着することは悩みを生み、自分で自分の首をしめることにもなるというもの。
物や生活スタイルへの執着は大分手放して来たから(死闘だったw)インドの下町で暮らせるけど、慣れ親しんだ「食」への執着がたまーに苦しい。
年に一度の一時帰国でお醤油やお味噌、乾物やレトルト食品を調達するのにも何日間もかけてたし、
苦労してインドまで運んだ食材は賞味期限を気にしながら1年かけて消費。
調味料が切れると輸入食材のあるスーパーですごい値段(お醤油1本千円近く)で買い足さなければならない。
「なくなるかも。。」っていう、
「不足感」の中で暮らすのが辛くなってきた。。笑
コロナで物流も滞ったから、余計に見直す時期に感じて。
新婚当初は夫に日本の味を知ってほしかった。最初は本当におっかなびっくり「何これ?食べ物?」と海藻や魚をつついていた夫、
最近は慣れたのか何も言わずパクパク。味の薄い物以外は何でも食べる(が、出汁をきかせた煮物がNG。高くて凝ったものを作っても無駄になる)。
私自身はパスタが好きで、これまた輸入品でお高いのだけど毎週遠くのスーパーに買い出しに行ってる。このご時世で外出は週1に控えているから、他の事をする余裕がないのが悩み。
手に入りにくい高価な物を「常食しなければならない」と思い込んでいることで、
時間とお金と心の
「不足感・欠乏感」だらけ。
これっていらなくない?と
今朝は思ってしまった。
ほぼ、インドカレーで良い。
3食手抜きナシの料理と手作業多いの家事で、ただでさえ時間と体力を奪われる。
わざわざお昼にソースからパスタ作らなきゃダメなの?、まだ日本食作って反応見なきゃいけないの?私。。と。きっとそんな時代は過ぎたのよ。
誰もさほど喜ばない自己満足の執着。
それで今日、お昼はあるもので済ませた。過去に妊娠中などは、何も考えずあるもの食べてゴロゴロ出来たのだ。それが今は長時間の手料理が「健康」と思いこむあまり、体脂肪だけが喜ぶ結果に。。
インドの主婦にだって
他にやりたい事くらいある。
(ディスってません。笑)
お昼をお皿に盛るのと同時に、晩のカレーの野菜を下ごしらえ。食べてる間にカレーを煮ておいて、その後は昼晩の片付けが一度に済んだ。時短!画期的。
お昼何作ろうかな〜って悩むのと作業時間が大幅に浮いたため、午前中はヨガと瞑想45分、午後はパソコン作業1時間、今は夕飯前のブログ1時間。
そして入浴、洗濯、掃除が同じ日に出来るのは、ここでは奇跡級(バケツに水を貯めるだけのお風呂、手洗い洗濯、土埃が果てしないという劣悪な住宅事情のため)。自分を褒めてあげたい。
普段は
そんなに出来ない、時間ない、身体痛い、疲れた、晩御飯の用意間に合わない、夫に申し訳ない。。
という悪のダメダメループにハマりがちなのに。
何てスッキリ!
食への執着に限らず、長年見直してない「習慣」や「こだわり」、瞑想を続けながら整理してみようと思ったのでした。
異国に嫁いで暮らすのも常に手探り。5年目もやってみないと分からない事ばかりだけど、健康に暮らしていられれば、どちらの文化とか、やり方にこだわる必要もなく。
好きなようにおしっ。
と、自分で自分に許可を出したかったのだね。(最初はホント、周りのインド人の言う事をマジメに聞いて疲れたよ)笑
いまだに私「インドは慣れない」「インド式はムリ」という抵抗感でいっぱい、心に余裕がないから、
夫もいっぱいいっぱいに見える時もある。まだ不安もあると思う。夜はゲームしてばかりだし。。
お互いに地に足をつけて、
心に余裕と思いやりを持って
軽やかにいたいものです。
コロナ自粛期間に瞑想を学べたおかげで、自分なりに整理して行けそうかな。これからもずっと、楽しく人体実験して行きます。笑
インドは今月いっぱい、まだ学校も開かないらしいけど。