嫉妬っていう感情は
生存の危機を叫んでるかのよう。
愛を奪われること、夢を奪われること
生を奪われること。
それらから大切なものを守る、
命がけの感情みたいに
激しく衝動的で
抑え難いアドレナリンパワー。
もし、夫に浮気をされたとしたら、
別れずにいられるか
平気で暮らせるか
嫉妬に心をさらわれないか。
そんなものが強く賢い女の基準のよーに
お洒落な雑誌によく書いてあるけれども。
浮気をさせないように、
ハッピーで魅力的でいればいい?
っていうのも、何か違ってる気がする。
すべての感情は必要だからやって来る。
強い感情ほど、無視したり抑えたりするほど
知らない間に押し戻されて
無意識のうちに暴れ出したりしないのか
オシャレじゃないけど、みんな持ってる嫉妬。
で、どうするの?どうやって扱うのこの人?
愛が肉体を必要としなくて
純粋に魂の結びつきだったなら、
嫉妬は存在しなかったんだろうか。
魂は永遠だと、偉いグルジーは言うけれど
魂を磨けばいいの?3次元のゴタゴタは置いてくの?
私は今はそこに行きたいんじゃないなぁ。
って言うか行けないんだろうな今は。
今は、ようやく見つけた自分の愛と
作り出したこの現実世界を守りたい。
嫉妬は、命の叫びみたいだ。
記憶の奥のもっと奥の遠くから
カルマに呼び戻されてるみたい。
また、呼び出し喰らっとる。笑
大切なものを、どうやって守るのか
今度はやって見せてごらんよって。
私を揺さぶり、試してくる。
どんなかたちで愛をつくるのか
真実なのか、嘘はないのか。
償ってない罪はないのか
癒していない傷はないのか
相手の中じゃなく、私自身の中に。
それが反転して相手を通して見えるだけ。
許せない、
その一線を守りたいって感情が
何なのかっていうと、
私は私を許せない。
私は私を傷つけてきた。
私は私を守れなかった。
↓
私はあなたが傷つけられるのが許せない。
↓
私は私が傷つけられるのが許せない。って。
私の中の嫉妬という感情は、
もうずっーと怒っちゃってるのかも。
ずーっと怒ってたのに、ずーっと放っとかれてる。
許すんじゃない、癒すんでもない、
そういう甘ったるいヤツじゃない
「懺悔」と「後悔」と「反省」が足りてない。
私も若い頃は独り善がりで
手探りで目茶苦茶な結果にしてた。
今はちゃんとやり直したくて、
ちゃんと愛したいし、守りたいのに
まだやり方が分かっておりませんの。
奪われた、傷ついた、失ったという感情が
嫉妬という猛獣になって暴れ出す時、
私はぜんっぜん分かってない
私が奪った、傷つけた、失わせてしまったもの
私が傷つけてきた周りの人たちの思い
その人たちがどうやって大切なものを守ったのかも
だから本当にごめんなさい、私が傷つけた人たち
私が好きだった人を、ちゃんと愛してた人たち
私が寂しかったことを、許してくれた人たち
私はあなたの命をなめてました
あなたの嫉妬を知ることもなかった。
愛しているものを本気で守ること
今の今まで分かってもいない。
私もこれから
愛する道と
許す道
いばらの道を歩みます。
こんな事を思う引き金になったのが、夫のケータイ。私は見ない人だったけど、先日ひっきりなしに新年メッセージが届き鳴り続けてて、本当に何気なく「すごいなー誰から?」と。。
元旦に職場からセルフィーに「Happy New Year 2018」って加工して私に送ってくれてた写真。その同じものが、ある女性にも送られてた。前後にはお正月やクリスマス仕様の可愛いスタンプも連続して送られてる。私にくれたんじゃないのかー???
夫の気持ちは疑ったこともなく、別れた彼女とはもちろん終了済だと思ってた。基本、別れても友だちでいられるのは心の広いことだと思う。でもそれは色々と修正した後の話で。
。。。別れた彼女は、自分が結婚してるのを隠してあなたと付き合ってたって言ってたよね?あなたが結婚まで考えてお母さんと大騒ぎして、親戚中から死ぬほど心配されていた最中に、その彼女はインド滞在を終えタイに帰国して、旦那さんやお子さんたちと笑顔で家族円満のインスタ投稿してて。。。?もう騙されるのも、お人好しでいるのも、周りが困るからいい加減にしてくれませんか。。。って、言ってみた。
いくらSNS好き&友だちの多いインド人でも、スタンプ祭りは私も困ります。そんなに寂しい思いをさせてたのーー?と。すると彼は、いや、そうじゃない、分かった、もうしない、と。友だちだからと思ってよく考えてなかったと。。。
心の狭い人にはなりたくないし、彼の無邪気さを大切に思ったりもするけれど、同時に、甘えと依存の傾向でもあることが結構ツラい。叱るのも正すのも面倒だからイヤだったのに、結婚すると色々と守んなきゃいけない責任も生まれるのか。今までなら別れて、削除して、遠く無責任に幸せを願い放題だったのに。
まだまだ若い彼の素直な気持ちは良く分かる。私もそうだった。ただ好きだから一緒にいたり、連絡したりしたかった。ちょっと今までなかった壁に当たると寂しくなったり、心細くなったり、誰かに声をかけて欲しくなった。彼のたった1つの恋を責める理由なんて私にはない。本当に私は甘え腐って依存して何年も死にかけてたもん。私は依存を断ち切ることしか、次の朝を迎える方法はなかった。自分を愛して自分に頼ることでしか這い上がれなかった。だからって、そういう人生の学びを彼なりのペースでやってることを、取り上げる権利は私にはない気がしてる。
甘えられるところまで甘えて、傷つけるところまで傷ついて、あらゆる感情を味わって、あらゆる奇跡も魑魅魍魎も、思う存分見たいだけ見るのが人生だと思う。私がそれを阻んでいたら、自分を頼りにして生きてけなくなるんじゃないか、頼れる夫になってくれないんじゃないかとも思う。だから少し距離を置くくらいできっと丁度いい。もう2度とこのことは言わないし、ケータイも見ないようにしようと誓ったお正月でした。
2人で力を合わせて自分たちの大切なものを守って行きたい。これからも、伝えるべきことは多分、それだけです。