気は、エネルギー
もともと、古代では、身体が元々持っている生命力エネルギー(先天の気)のことを、炁(き)という字で記されていました。
気功や武術では、「体内の真気、正気、原気、元気」
この炁(き)という字は、上が無で下に火という字でできてます。
簡略の無と簡略の火の組み合わせ~これが炁(き)なんです。
そして、この字は、人の身体の無火の状態をさしているんですね。
火とは、陰陽五行でいう「心」~「心の働き」を表してます。
なので、この無火って、
無心という意味になるんですよね~
炁(き)とは、人が中心にいる時、無心や無念無想、無欲な状態である時に、
体内でよみがえるものと言われていたそうです。(ここでいう無心とは集中、中庸ともいえます)
先天的に授けられた生命エネルギー
だから僕たちは、中心に意識を置く事で、「今」を体感できる時、
内側からあふれるエネルギーでいっぱいになれるんですよね~。
くま。
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こんにちは(*^▽^*)
僕たちが生きている世界では、ゆっくりしたり、早くしたり、様々なスピードが存在してますね。
太極拳だけではないのですが、あらゆる中国武術の練習でも、ゆっくり練習したり~早く練習することがあります。
特に、ぼくがしている古式陳家太極拳は~
剛柔相済がはっきりと表現されています。
「ゆったりと動き、かつ滞ることなく、早い動きの中でも乱れる事のないように」
この言葉には、早いやゆっくりにとらわれず、内部変化に意識する事が要求されているんです。
普段の僕たちの行動にも当てはまります。
今、どんな行動をしているのか。
意識的に行動しているのか。
感覚を使って、なにを感じているのか。
などなど
単なる反射的(肉体的リアクション)な行動でなく、
自分を含め状況を理解して受け止めてからの中心的な行動なのか(魂的な行動、レスポンス)
そういった意識的行動は、武術の練習となんら変わらないと感じます。
意をもって気を行らし~
内外がぴったりと強調して~
心と呼吸が一致して~
神(こころ)と気が一つになり~
呼吸は深く長くして~
気は丹田に沈み~
柔順で~沈着~(スムーズで安定)
完整一気(完璧なバランス状態)
この状態を意識して自然な状態へ~(意、気、神、形が合一していくこと)
なぜ拳の前に太極をつけたのかというと(太極拳という名前)
~天機自然の運行や陰陽自然の開合と合一を目指すから~
そしてどんな状況でも、作為を働かせないこと。
この自然の理にしたがっていくから、
ゆっくりの中から「霊括」という、すばやく~どんな状態でも明晰な、敏感なちからが生まれるんですね~
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太極拳だけではないのですが、あらゆる中国武術の練習でも、ゆっくり練習したり~早く練習することがあります。
特に、ぼくがしている古式陳家太極拳は~
剛柔相済がはっきりと表現されています。
「ゆったりと動き、かつ滞ることなく、早い動きの中でも乱れる事のないように」
この言葉には、早いやゆっくりにとらわれず、内部変化に意識する事が要求されているんです。
普段の僕たちの行動にも当てはまります。
今、どんな行動をしているのか。
意識的に行動しているのか。
感覚を使って、なにを感じているのか。
などなど
単なる反射的(肉体的リアクション)な行動でなく、
自分を含め状況を理解して受け止めてからの中心的な行動なのか(魂的な行動、レスポンス)
そういった意識的行動は、武術の練習となんら変わらないと感じます。
意をもって気を行らし~
内外がぴったりと強調して~
心と呼吸が一致して~
神(こころ)と気が一つになり~
呼吸は深く長くして~
気は丹田に沈み~
柔順で~沈着~(スムーズで安定)
完整一気(完璧なバランス状態)
この状態を意識して自然な状態へ~(意、気、神、形が合一していくこと)
なぜ拳の前に太極をつけたのかというと(太極拳という名前)
~天機自然の運行や陰陽自然の開合と合一を目指すから~
そしてどんな状況でも、作為を働かせないこと。
この自然の理にしたがっていくから、
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よく中国の時代劇映画にでてくる挨拶~
たぶん、みんなイメージできると思う。
あの挨拶は、徒手礼(素手においての礼式).の「抱拳礼」といいます。(抱手-きょうしゅともいいます。)
文革前までは、一般的なあいさつとして使われていました。
男性は、左の掌を右の拳に添える、または包む感じ(^-^)/
女性は、逆です。
また凶事のときは、逆にします。
西洋文化の挨拶するときは、相手に握手して交流をしますが、
西洋人が初めて、「抱拳礼」を観た時、中国人は、自分自身に握手していると言っていたそうです。
真理をついているというか、叡智というか、おもしろい表現ですよね。
古代中国に叡智を広めた、老子が
「文人は左手が高貴で、兵は右手が高貴」と言われています。
そこには、左手が女性、右手が男性という表現が含まれているんですよね
また一般的に右手で武器を扱うため、右手を包み込むことは~
古代から「平和を愛し、平和を願う」という意味が込められているそうですね。
これは、外側に思われますが、内側に対する意味も含まれます。
「抱拳礼」の武術的意味は~大きく4つあります。
1 左手は掌と為し、徳、智、体、美を全て揃えていて、親指を曲げる事で謙遜する事を表します。
2 右手は拳と為し、勇猛で武術を学んでいる者を表します
左掌で右拳を被せる事で“止戈為武”を表し、戈(武器の意、強力を指す)を止める事を“武“と術を為す事で勇武(武術を勇気に以って行なう)ことを示します。
3 左掌と右拳、両腕を曲げて圓(円とか○)を作る事で五湖四海(五州四洋=世界を表す)を表し、
天下の武術の世界は 団結して謙虚に、武術を以って友人(以武会友)としなければならない。
4 左掌を文と為し、右拳を武と為して文武を兼学し、知識を求める事を渇望して、老師、友人、先輩などに教えを受ける事を恭行(うやまいながら行なう)する。
自分自身と握手することは、自分の本質を知ることや、自己承認や内なる平和にも繋がりますね。
手という表現の中にも、深い叡智がありますね~('-^*)/
くま。
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あの挨拶は、徒手礼(素手においての礼式).の「抱拳礼」といいます。(抱手-きょうしゅともいいます。)
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男性は、左の掌を右の拳に添える、または包む感じ(^-^)/
女性は、逆です。
また凶事のときは、逆にします。
西洋文化の挨拶するときは、相手に握手して交流をしますが、
西洋人が初めて、「抱拳礼」を観た時、中国人は、自分自身に握手していると言っていたそうです。
真理をついているというか、叡智というか、おもしろい表現ですよね。
古代中国に叡智を広めた、老子が
「文人は左手が高貴で、兵は右手が高貴」と言われています。
そこには、左手が女性、右手が男性という表現が含まれているんですよね
また一般的に右手で武器を扱うため、右手を包み込むことは~
古代から「平和を愛し、平和を願う」という意味が込められているそうですね。
これは、外側に思われますが、内側に対する意味も含まれます。
「抱拳礼」の武術的意味は~大きく4つあります。
1 左手は掌と為し、徳、智、体、美を全て揃えていて、親指を曲げる事で謙遜する事を表します。
2 右手は拳と為し、勇猛で武術を学んでいる者を表します
左掌で右拳を被せる事で“止戈為武”を表し、戈(武器の意、強力を指す)を止める事を“武“と術を為す事で勇武(武術を勇気に以って行なう)ことを示します。
3 左掌と右拳、両腕を曲げて圓(円とか○)を作る事で五湖四海(五州四洋=世界を表す)を表し、
天下の武術の世界は 団結して謙虚に、武術を以って友人(以武会友)としなければならない。
4 左掌を文と為し、右拳を武と為して文武を兼学し、知識を求める事を渇望して、老師、友人、先輩などに教えを受ける事を恭行(うやまいながら行なう)する。
自分自身と握手することは、自分の本質を知ることや、自己承認や内なる平和にも繋がりますね。
手という表現の中にも、深い叡智がありますね~('-^*)/
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