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サトルボディヒーリング第33回:ヒーリングについて(前半)


「サトルボディヒーリング」シリーズ第32回:ヒーリングについて(前半)

このブログシリーズは、ユニティインスティチュートで開催されている「サトルボディヒーリング」のご案内として連載しています。

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『悟りのシンクロニシティ』の訳者で、SBHの第一期生卒業の、SBHのセッションを提供されている市場義人さんにご登場いただき、「サトルボディヒーリング」で学ばれたことを、個人的な体験を交えてお話ししていただいています。

今回は「ヒーリングについて」解説されていますが、どうやら今回の部分はその“前半”に当たるらしく、木曜日の後半部分でヒーリングの実際に踏み込まれるようですよ。

では、市場さんお願いします。

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ヒーリングについて(前半)

8月4日(日)にサトルボディヒーリングトレーニング8期生の最初のクラスが終了しました。
講師は創始者のひとり、リーラでした。
トレーニングはもちろん、参加者の技術習得のためにしっかりと構成されたプログラムなのですが、扱う内容が人間の在り方そのものなので、ハートのはたらきにアクセスすることで、長い間固まっていた感情が溶け出し、流れ出すということが起こります。
それをハプニングと呼ぶとすると、そのハプニングがまたハプニングを呼ぶことになります。
リーラはハートのスペースからそれを受け入れ、またそれを見事に活かして、そこから目の前の経験をもとにして次の話題が展開します。
そして、そのたびにクラスの中の愛の雰囲気が深まっていきます。
セラピスト歴38年、愛という、誰もが話題にしながら、見つけるのが難しいエネルギーを参加する人びとに伝えるために生きていると言っても良い、リーラならではの珠玉のグループでした。

新規の参加生が25人、再受講生にスタッフも加えると30人近くのグループでしたが、
「自分が持っていなければ、人にあげることはできません。
 ですから、まず自分を愛しなさい。
 そしてその愛をひとと分かち合いなさい」
というリーラのメッセージは、このようなグループに初めて参加した人たちにも自然に伝わり、3日間のクラスの途中からは、ハートを開き、涙を流し、喜びを分かち合い、最後には自然とできたダンスの輪の中で皆が自分を祝い、人々とお祝いを分かちあう、セレブレーションで終わりました。
参加生のどなたもが、「愛」という本質のエネルギーを体験されたことと思います。
そしてトレーニングとしては、チャクラを実際に体験するというプロセスをしっかりと踏みながらも、真のメッセージとして、サトルボディヒーリングでは、何を行うにしても、その底流として「ハートのシンクロニシティ」があるのだということ、そしてシンクロニシティを通して無条件の愛を伝えることが本当のヒーリングなのだということ。
またその原理は生活のすべてに当てはめることができるのだということを、言葉で、態度で、そして参加生のみなさんの実体験として、しみこむように習得させてくれた3日間でした。

日曜日に終わったトレーニングの話が長くなりましたが、今回は、サトルボディヒーリングの幹の部分にあたる、ヒーリングについてお話ししたいと思います。
サトルボディヒーリングでは、一応ヒーリングに必要な技術は学びます。
そしてその技術はとてもパワフルなのですが、上にも書いたように、その本質はハートのシンクロニシティと愛にあるので、ひとりひとりの個性や才能、今までに修得してきた技術も含めて、どのようなものでも使うことができる、ヒーリングの方法としては非常にオープンなものです。
さらに言えば、ヒーリングの技法は目の前のクライアントの状態、必要に応じて、ハートのシンクロニシティにあるプラクティショナーに、どこからか届けられるということも起こり得るのです。
私たちはシンクロニシティの中で、「何かより大きなもの」と触れ合っているとも言えます。
それはいつもの自分を超えた、自分の中の未知の領域かもしれません。
あるいは彼方からやってくるものかもしれません。
そのようなことが起こるとき、プラクティショナーは、不思議な生の現象に立ち会わせてもらったことに感謝の気持ちと敬虔な思いで満たされます。

昔“Be Here Now”という本がアメリカで出版され、当時、瞑想というものに足を踏み入れはじめたヒッピーたちに大きな影響を与えました。
(私はヒッピーにあこがれる大学生でした)
“Be Here Now「今ここに」”いるということが瞑想の本質だと言えますが、それは「今ここ」というのが、一瞬前まで未来にあり、今になったかと思うと、すぐに通り過ぎていく時間上の一点ではなく、時間という感覚をもたらすマインドのはたらきを超えた意識の、「ここにある」という状態が知覚する永遠の今だからです。
その今はどんどんと深くなっていき、たぶんその深さに底はないのではないかと思います。
サトルボディヒーリングで目指しているのは、クライアントの方がその「今ここ」に戻ってくることができるように手助けすることです。
今ここにおいて、リーラの言葉を借りると、「形あるものが無形の中に戻っていき、再び形として生まれる」ことができます。
そして生まれなおしたものは常に新しいのです。

私たちが苦しむのは、過去に起った出来事にとらわれ、過去に下した判断により、いまここで起こっていることを知覚するからです。
そしてその状況に対して、過去に行ったのと同じ反応をしてしまいます。
初めて会った人に対して、最初から好感を抱いたり、何となく嫌な感じがしたりするときがあります。
それは過去にその人に似たような人との関係で良い経験をしたり、嫌な経験をしたことと関係するときがあります。
どちらにしても今ここで新しい人を知覚していないのに変わりはありません。
似たような状況でいつも同じ反応をしてしまう。
今ここにいて状況に応答する代わりに、過去の経験に影響を受けていつもどおりのパターンによって反応してしまう。
そのとき私たちに自由はありません。
このパターンにとらわれることが、苦しみを生み出します。
パターンから自由になり、今ここで(シンクロニシティの中で)新しく起こることに自分でも驚きながら応答することができるとき、私たちは一瞬、一瞬をフレッシュに、自由の感覚の中で生きることができるようになります。
サトルボディヒーリングは、クライアントの方がそのような自由を手に入れる手助けをします。
後半はヒーリングの実際に踏み込むつもりです。



(ハートの瞑想の手始めとしては、『悟りのシンクロニシティ』の巻末にハートガイド瞑想のCDが付録としてついています。
世界的なキーボード奏者であり、作曲家であるモーガン・フィッシャー氏の作曲、自演の音楽とともに、やさしくハートの世界に誘導してくれるとても良くできたCDです。
ぜひお聴き下さい!)

サトルボディヒーリング第32回:ハートを信頼する(2)後半


「サトルボディヒーリング」シリーズ第32回:
ハートを信頼する(2)‐「知ることの必要から、勇気をもって知らないことへ」(後半)

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『悟りのシンクロニシティ』の翻訳者、市場義人さんにご登場いただいて、「サトルボディヒーリング」で学ばれたことを個人的な体験を交えながらお話ししていただいています。

前回に続いて、ハートを信頼する(2)の後半をお送りします。

今回市場さんは、具体的なセッションの内容にぐっと踏み込んで解説してくださっています。

では、市場さんお願いします。

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ハートを信頼する(2)‐「知ることの必要から、勇気をもって知らないことへ」(後半)

特に過去生のリーディングは、SBHを始めて8年目になる私でも、セッションを行うたびに未知の領域に足を踏み入れる思いがして、ハートを信頼することの重要性を実感するのです。
たとえば最初に浮かんだ映像が浴衣を着た少女が水の中を見ているのを、水の中から見上げているものだとします。
いったいこれは何なのだろう、う~ん、これは今のことではないな、江戸時代だろうか?
なぜこの映像を水の中から見ているのだろう?
そもそもこれはテーマとどんな関係があるのだろう?
いろいろと疑問が浮かびます。
それでもハートを信頼し、その映像が教えてくれること、同時に感じる気持ちをただ感じようとし、そこから離れず、しかし無理に何かをつかもうとせず、そのイメージが展開するのを待ちます。
視覚的なイメージが浮かぶ場合はまだ安心できます。
映像がクリアーならそこから意味や物語を読み取ることは難しくないからです。
一番困るのは、ただ「知る」という働きが起こるときです。
悲しみや苦しみなどの感情を感じながらも、何もイメージが浮かばないとき、ただそれが何を表すものなのか、やってくるものを待つしかありません。
そしてそれはただそうなのだという感覚でやってくるときもあります。
そして目の前にいるクライアントの方に心に浮かぶままに話をしていきます。
例えばこの人は中東の女性で、主に薬草を使うことで人を癒している、しかし、自分の子供を亡くして悲しみにくれている、などなど、なぜ自分がそのようなことを知っているかのように話しているのだろうと、不安を感じながらも続けます。
そのうちにだんだんと映像が見えてきたり、話がまとまりをもち、テーマと関係する理由が分かってきたりするのですが、それまで自分の言葉を自分で聞きながら、これで良いのだろうかと疑う気持ちと、どこかでそれが適切であることを感じる感覚を頼りにしながら、ただ進めて行きます。
振り返ってみれば、今までリーディングが結局何のことか分からなかったということはなく、セッションも、終わってみれば意味深いものだったということがほとんどというより、毎回なのですが、それでも、そのプロセスの一歩ごとが、頭で考えるときの確かさを求めることができないあり方で起こることなので、一瞬一瞬にハートのシンクロニシティに入っている感覚を感じ、過去にも未来にもずれることなく、今にいるということだけに取り組みます。
そして今の瞬間に感じ、話し、行なおうとすることだけに自分をゆだねます。
早く答えを得ようとして焦る気持ちがありますが、その気持ちも受け入れながら、このようにしてハートの知恵に身をゆだねることを少しずつ学んでいくのです。
これはその後に行うヒーリングでも同じです。
一瞬、一瞬、そこに表れるエネルギーの状態を感じ、読み、そして何をするのかもハートに導かれていきます。
もちろん、基本的な方法はありますが、今ここにいることで立ち現れる気づきの中にこそ、マジックが存在します。
一人ひとりのリーディングは(また同じ人でも毎回)、その色合いが違い、いつも未知の領域に触れる思いがします。
そして自分でも驚くような洞察や理解が訪れます。

確かさを、論理や理由から得ようとする思いを離れ、ハートは知っているということを学ぶのは、私の場合、簡単ではありませんでした。
それでもそれができるようになると、思考という枠組みが生み出す狭い理解や信念を離れて、もっと自由に現実を見ることもできるようになります。

今回は、SBHのセッションにおいて、ハートのはたらきを信頼する必要についてお話ししましたが、このことは自分について知る場合にも当てはまります。
自分についてハートのビジョンを見、ハートが教えてくれる本質につながり、ハートが教えてくれる才能や強みを生きるようになるトレーニングを行うのがエッセンシャルライフコンサルティングです。

「さとりのシンクロニシティ」の付録のCDを始め、五つの鍵それぞれに対応するCDも素晴らしいハート瞑想をガイドしてくれます。
いろいろな機会にハートに触れ、ハートの働きに親しむようになると、私たちの人生が少しずつ、ハートに従うものへと変わっていきます。

「知ることの必要」から「勇気をもって知らない」というあり方に身をゆだねるとき、生きることはとても豊かな色彩をもった冒険になるのです。



(ハートの瞑想の手始めとしては、『悟りのシンクロニシティ』の巻末にハートガイド瞑想のCDが付録としてついています。
世界的なキーボード奏者であり、作曲家であるモーガン・フィッシャー氏の作曲、自演の音楽とともに、やさしくハートの世界に誘導してくれるとても良くできたCDです。
ぜひお聴き下さい!)


サトルボディヒーリング第31回:ハートを信頼する(2)前半


「サトルボディヒーリング」シリーズ第31回:ハートを信頼する(2)(前半)

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『悟りのシンクロニシティ』の翻訳者、市場義人さんにご登場いただいて、「サトルボディヒーリング」で学ばれたことを個人的な体験を交えながらお話ししていただいています。

少しずつ具体的なセッションの様子などを解説していただけるようですが、少し長くなるので今回はまずその前半部分、セッションの前提条件を理解する部分からご紹介します。

では、市場さんお願いします。

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ハートを信頼する(2)‐「知ることの必要から、勇気をもって知らないことへ」(前半)

前回は、「ハートを信頼する(1)」として、ハートとの出会いについてお話ししました。
今回は、そこから始まる、サトルボディヒーリング(SBH) におけるハートの旅について書きたいと思います。
SBHはどのような手順でセッションを行うのか、ここで取り上げてみましょう。
セッションは、まずクライアントの方のテーマをお聞きし、次にハートに入ります。
そしてハートのシンクロニシティの中で相手のエネルギーをリーディングします。
次にそれをもとにして、エネルギーのバランスをとるヒーリングを行います。
これだけのことですが、プラクティショナーはテーマをお聞きし、ハートに入ってからは、最後までハートのシンクロニシティのスペースにいてそのはたらきに自分をゆだねます。
ですからセッションを行うプラクティショナーから見ると、サトルボディヒーリングを行うことは、自分のハートを育てること、信頼することを学んでいるのだと言えます。

私たちの社会では、子供が大人になる過程で受ける教育は、ほとんどが思考能力を育て、鍛えるために行われています。
そして頭の回転が速い、知的に発達した人間が尊重されます。
その結果、前回もお話ししましたが、思考という働きにより、どんなこともできると考え、思考に「愛」や「感謝」、「許し」を感じさせようとする傾向が生まれるのですが、実際にはこのようなことには思考は無力です。
愛の尊さをどんなに論理的に説いても、それを聞いた人たちが愛を感じることは難しいのです。

そのはたらきを提供するのは、頭ではなくハートです。
瞑想に親しみ始めると「ハートに従う」とか「ハートに耳を傾ける」という言葉を聞くようになります。
ハートに従って生きていくというのは、今まで慣れ親しんできた頭の働きから離れて、なじみのないハートの働きへと比重を移していくプロセスでもあります。

SBHのセッションでは、ハートのシンクロニシティに入り、クライアントの方を自分のハートに招きます。
自分ひとりでハートの中心にいるときと、そこに誰かの個性が参加したときのかすかな感覚の違いから、今シンクロニシティの中で相手とつながったことを知ります。
そして相手がもたらすエネルギーの質を感じながら、それがどのように展開するのかを待つのです。
このとき、ハートの中でのエネルギーのリーディングは、五感を通して起こります。
視覚、聴覚、触覚、感情、ときには味覚まで関係するときがありますが、それ以外にも聴覚の一種としてただ「知る」という働きも起こります。
それぞれの感覚がハートとつながることで、感覚はより鋭敏になり、ハートの、判断しないという働きのおかげで相手のありのままの姿が映し出されます。
しかし、ここでハートの働きに慣れていない私たちは、ただ理由なく目の前に現れるイメージやフィーリング、あるいはただ「知る」というはたらきを信頼することを学ばなければなりません。

そして、頭で「知っていること」を必要とすることから、勇気をもって「知らない」ままでいる状態にくつろぐとき、私たちは今まで自分の中にあることを知らなかった深い知恵に出会うのです。
自分の中にあるという言い方は正確ではないかもしれません。
その知恵はシンクロニシティの中でお互いが出会うその場所で起こることですから。

たまたまこの週末には、リーラが講師を務めるサトルボディヒーリングの7期生のトレーニングがありました。
7期生は2年目に入り、今回はいよいよカルマのエネルギーを解放する、というテーマに取り組みました。
カルマのエネルギーとは、さまざまな過去生での経験により形作られたエネルギーのパターンで、凍ったように固まって現在での生活に影響を与えています。
参加生の中には初めて過去生のひとつを思い出したり、お互いの過去生をリーディングし合ったりという経験をした方々もいたのだと思います。
それでも、リーラの素晴らしいガイドで参加生のみなさんはこのようなエクササイズをこなしていきましたが、リーディングにしてもヒーリングにしても、今まで頼りにしてきた思考の力は無力で、ハートという未知のはたらきに身をゆだねなければうまく行うことができません。


(ハートの瞑想の手始めとしては、『悟りのシンクロニシティ』の巻末にハートガイド瞑想のCDが付録としてついています。
世界的なキーボード奏者であり、作曲家であるモーガン・フィッシャー氏の作曲、自演の音楽とともに、やさしくハートの世界に誘導してくれるとても良くできたCDです。
ぜひお聴き下さい!)