まづぼっぐり
まつぼっくりって、たくさん落ちていることが多々あるけど、そのたびに「まつぼっくりいっぱいだ」と騒ぎ立てるのも今春まで。これからは「まづぼっぐりだ」の一言で済ませよう。音を濁らせることでたくさんあるって雰囲気を伝えるのだ。なぜ濁り=たくさんなのかと言えば、たくさん→ビックリ→舌が回らない→思わず濁る となるから。
この表現方法の応用として
まつの下にまつぼっくり=1本の松の下にまつぼっくりが1個
まつの下にまづぼっぐり=1本の松の下にまつぼっくりがたくさん
まづの下にまつぼっくり=複数の松の下にまつぼっくりが1個
まづの下にまづぼっぐり=複数の松の下にまつぼっくりがたくさん
など実に有効に活用できる。日本において「まつぼっくり」ほどだぐざん使用される単語もないので、日本語を勉強中の外国人や日本語を勉強中の日本人はぜひ覚えておこう。えへっ。
置物になるために
熊は、鮭をくわえているから置物になれるのではないか。だったら、人間も何かをくわえておいたほうが置物にしてもらいやすいはずだ。という持ち前の置物願望から、人間も何かをくわえておいたほうがいいのだと思うようになった。
親指なんかどうだろう。日頃から親指をくわえておけば、必ずや置物にしてもらえるにちがいない。日常生活において親指をくわえることは容易だ。「君、ユニークだね」と職場で人気者になることは間違いないし、「君、チャーミングだね」と家庭円満にもつながる。
「おもしろい」「かわいい」と言われることはあっても、「ユニーク」「チャーミング」とはなかなか言われることもないので、人生が楽しくなる。
熊が、鮎をくわえていたら置物になっていなかったように、人間も人差し指を口にくわえるという間違いさえおこさなければ、置物になれる。そう思った。
君は大根の花を見たか
大根にも花が咲く。当たり前のことなのかもしれないけど、驚く。
見る機会がめったにないから驚くんだな、きっと。数年に1度しか見られない仏像とかってあるけど、そういうのと似た感覚で、驚きプラスある種のありがたさままでおぼえるくらいだ。大根の花を見かけたら、手を合わせてお祈りをする、それぐらいの信心深さは必要なのかもしれない。
すっぴんの女性がいる。当たり前のことかもしれないけど、驚く。
見る機会がめったにないから驚くんだな、きっと。数年に1度しか見られない仏像とかってあるけど、そういうのと似た感覚で、驚きプラスある種のありがたさままでおぼえるくらいだ。すっぴんの女性を見かけたら、手を合わせてお祈りをする、それぐらいのリアクションは必要なのかもしれない。
座らせない椅子
椅子といえば、誰かを座らせるためにあると思いきや、何人たりとも座らせない強心臓の椅子があった。
この椅子こそ、「部長の椅子」などと地位をあらわすときに用いる権威ある椅子に違いない。歴史の教科書にものっていないので、この椅子がどれだけ重要な意味をもつ椅子か知らない人がいるのも当然だ。
こういったものには、伝説や言い伝えといった類のものがセットになっているもの。だから、「昔からこの地方で代々伝えられてきたのだが、この椅子に座ることができたならば、確実に出世すると言われています。あの藤原道長や織田信長もこの椅子に座ったからこそ出世したのだと言い伝えられているのです。しかし、残念なことに、現在は国の保護下にあるため、この椅子に座ることは許可されていません」といった小話を、ポテトの変わりに付け足しておきたい。





