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汚水行




21世紀にもしだいに馴染んできたので、新しい「行」を追加することにした。
その名は、汚水行。心は清められても、身は汚れる。

青春落書きベイベー




恋してるからわざわざ書くけど、恋しなくなったからって、わざわざ消しにはこない。

クリエイティブの持つ要領の良さ




クリエイティブって付くだけで何だかデキる奴になる。金髪美女を連れて歩く
男と同じ感覚だ。ホームレスという単語もクリエイティブホームレスとなれば、かなりの大物っぽい印象を与えだす。

同じように、アーティストの持つ芸術性ってのもある。ファイナンシャルプランナーにアーティストを足したファイナンシャルプランナーアーティストなんて、 金融を芸術に消化していそうでこわい

すべてのものが人生ですべてのものが恋である




「人生とは○○である」というのは、死ぬ間際に言うのが1番効果的な言葉。だけど、「人生とは、道である」と、ありがちな言葉を残して死んでは、「なんだ最後まで凡人だったな」と陰口をたたかれてるのを草葉の陰から見るはめになる。なら、せめて「なんか深いこと言っていっちまいやがったな」感を残して死にたいものだ。

事前に考えておいてもいいんだけど、死ぬ間際ってのは何が起こるかわからないので、極力その場で考えたいところ。そう、即興。ちゃんと言えるか心配な方、大丈夫。何でもいいのだ。

例えば、タイヤ跡。「人生とは、タイヤ跡である」とかすれた声で言う。

一見すると意味不明なほうが親族にインパクトを与えることができる。そして、後々深いこと言ってたなと涙を誘うことができるはず。

人間生きていく中で、一生懸命働いて身を削って泥までつけて。でもそうやって頑張ってきたから、進んできた後には、軌跡が残る。お前らが、そんなオレの生きた証だ。

みたいに。こちらがまったく意図しないところまで考えてくれる。たぶん。なんてったって、辞世の句なんだから。

タイヤ跡が人生になる。


似たようなことは、恋にも応用がきくので試してほしい。「・・・・恋とは、鍋敷きである」

おじさんリスク






人が倒れている。

おばさんやおじいちゃん、お嬢様やお子ちゃまが道端で倒れていたら、みんな比較的助けやすいのだろうけど、おじさんの場合は見逃されることもあると思う。

酔っ払って倒れているのは、圧倒的におじさんが多いからだろう。

おじさんにリスクはつきものだ。

大人になれない怪獣





「僕ね、大きくなったらね、怪獣になるんだよ。」

って子供が言う。本気でなろうとしているとこがいいとこだ。でも、なぜだろう。怪獣に夢見る子供には会ったことあるけれど、怪獣になった大人には会ったことはない。あんなに純粋に目指してた子供がね、どっかで「あれ?怪獣にはなれなぇんじゃねぇの?」って思うんだ。それはとても微妙な境界線で。子供と大人を分けてるものに似てんのかもしれない。

大人にはなれない。
だけど、子供の頃に夢見た怪獣は、大人になった君をどこかで見てるはずなんだ。


と、今回は月面宙返りばりに美しくフィニッシュ。

ブログ講演会「乗り物について大いに語る」




自動車、自転車、波、ブーム、リズム、調子、図、口車、誘い。

いろんな乗り物があるなぁ。

自動車には免許がないと乗れないけど、ブームなんかには比較的たやすく乗ることができるのでいい。自転車にのりながら波にのるフリをして、ブームにのりつつリズムにのりながら調子にのって図にのって、口車にのせられて誘いのってノリノリで!!ってな具合に悪のりしたりする。2人乗り、3人乗りなんてのは当たり前だ。

乗り物に乗ろう。

空き地は憤る




空き地って、あった存在がなくなったことを表す言葉だが、土地は利用されるためにあるわけではない。

だから、空き地は憤る。スペイン人風に言うならば、あちきはマタドール。

今日の空言




「社長の変わりはいくらでもいるけどな、俺の変わりは誰もいねぇんだよ。」


住宅街は迷路




夜の住宅街ほど怖いものはない。
山や海で遭難することは、もちろん恐ろしいのだけれども、気軽に行ける分、住宅街のほうが恐ろしい。どんなに歩きなれた道であっても、昼と夜とではまったく異なる。

迷い人上級者であっても、夜の住宅街からの脱出は至難の業なのだ。

*迷い人:自ら迷う人たち。あえて知らない道に入り込んで、そこから抜け出すことを楽しむ。

迷いから抜け出す方法
・人に尋ねる
・人や車の後をつけてみる
・バス停の路線図をみる
・道路標識からさぐる

・太陽から方角を悟る
・丁目番地から位置を知る
・目印となる高い建物を確認する
・勘
・道路の白線を辿る
・公共施設にある地図看板をみつける
・明るい方に。音のする方に。向かう