さとこのチカラ -58ページ目

霊に取り憑かれる、霊に憑依される事について

4月だけど東京は、、、寒い!!

 

 

 

 

 

 

外はこんな感じですよ。

 

 

東京の多摩川とか凍ってますから

 

 

 

天気予報とかも、、

 

 

 

東京の寒暖差激しすぎ!  −63℃って何だよ!!

 

 

 

 

ついこの間は、春にしては暑いな==と思っていたら

 

いきなり寒いだよ!

 

どんだけ寒暖差あるの?って感じ。

 

こう激しいと体調を崩すとかよく言われてましたけど、

 

何ですかね、マスクを常にしているせいか喉を痛める事なく

 

風邪も引かない、、

 

寒いな〜と思いつつ、体調も変わらずで至って普通に過ごしてる。

 

この流行病で すっかりマスク生活なんですが、案外、他の病を

 

寄せ付けない効果があるの?とか思ったりします。

 

 

 

流行病以前は、こう寒暖差があると結構、体調崩してたりしたんですよ、私。

 

熱が出て体調崩して、会社を休むなんて事も結構あったりしてたんですが、

 

今は発熱するだけで、え??流行病??近づかないで!!と

 

なるじゃないですか。

 

うかうか熱も出せないや!という変な緊迫感もあるのか

 

身体から出ている「気」も防御しているんじゃないかと思うんです。

 

病は気からと昔の人は言っていましたが、この「気」という

 

一種のオーラですか?これ案外すごいものですね。

 

 

 

私、休日はポメの散歩をしているんですが、マラソンをしている人が

 

多いですね。

 

続けている人にとっては、もはや走らないと落ち着かないみたいな事を

 

聞いたことがありますが、私は嫌です。

 

 

 

理由;

 

高校生の頃、山梨にいて毎年秋になると「強歩大会」なるものがありまして、

 

それね歩くんじゃないんです。普通にマラソンなんです。

 

しかも距離がフルマラソンの距離(約42km)で、さらに、ふた山越えるとか、

 

最初にそれを聞いた時「バカでないの?」と思いましたよ。

 

いくら若くても無茶ぶりだろ!って。

 

茶道部の俺にこれ言う?って感じ。

 

 

 

初めてそれに強制的に参加させられた時、最初の上り道の10kmは何とかなった。

 

でも頂上から下に差し掛かった時に

 

 

強烈に足がつった!!!

 

 

どうあがいても、何分経っても回復しない。

 

ぎこちない歩き(時々走る)を続けていると、教師が「車の中から」

 

 

何サボってるんだ==!!

 

 

とか言われて続行する事を強要される世界。

 

残り30km、しかももう一度「山」がある。

 

もう心の中では半泣きですよ。

 

額の汗は結晶になり、指はグローブのように浮腫み、足の爪が剥がれるとか、

 

どんだけ拷問なんだよ!って。

 

しかも当時の変な理屈で? 走っている時は水分を取ると余計に体力を消耗するとか

 

言われて、その間、水分補給無し。

 

人生の中で、この時ほど体力的に辛い事はなかったですね。

 

 

 

 

最近、どうなっているんだろう?と

 

卒業した高校のHPを見たら、サクッとこの行事は無くなってやがんの。

 

当たり前だのクラッカー!(って古すぎか)

 

軍隊じゃないんだから!!

 

 

 

 

まあそんな理由で私は、走らない。

 

マラソンしてると健康的増進、ダイエットとか期待すると思うんですが、

 

本当に身体の中から健康になりたいのであれば、私の弟 曰く

 

 

 

気功法最強

 

 

 

らしいです。

 

まだ各々が実家にいた頃、実践していて身体の中の悪い気を

 

排出してましたね。

 

詳しく説明するのがめんどいので(笑) 読者の皆様におかれましては

 

「気功」で調べやがれ!(って雑)

 

極めると、かすみを食べて生きる仙人のようになれるとか。

 

まあすごいらしいです、私はやらないけど(は?)

 

私にはH動画健康法と言う、不思議と何かが元気になったり、、、まあいいか。

 

 

 

 

 

さて、今晩のさとこ後半に行くよ?

 

今日はどんな話??

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

こんにちは、さとこのチカラのさとこです。

いつもご愛読ありがとうございます。


今日は急に寒くなり、東京は雨も降っています。

一度しまいかけた冬物もまた使ったりしております。

この雨で桜が散ってしまうかと思うとちょっと寂しいです。


ここの所自然災害や戦争があり

コロナの話も以前よりも少なくなった気がします。


少しずつ皆この色々な環境の変化に慣れつつ

日常に戻れる方法を考えながら行動しています。


間隔をあけて並んだり座ったりマスクをしたり消毒したり

ほとんどの人が習慣になっています。


その様な事ができているので

もうこれ以上できることもないように思います。



今一番苦しんでいるのは一番制限を受けてきた学生です。



その学生たちが少しでも青春を楽しめるようになってもらえたらと願っています。



コロナよりもコロナの影響による精神疾患が増えています。

皆孤立し苦しみ、意味のないいじめも起きました。


親たちも新しい仕事のやり方や事業転換を余儀なくされ

倒産や解雇もありました。


本当にこの様な経験はなかなかないと思います。

でも、この苦難を乗り越えて新しい一年がきてくれたらと願っています。




今日のお話ですが最近ある動画を見ていて

それは事故物件にわざわざユーチューバーが住んで色々な怪奇現象を撮影したり

幽霊と話したりというものだったのですが

その中で撮影しているメンバーが憑依されているというシーンがあり

ご相談の中でも「これは何か霊に憑依されているのではないか?」というご相談が多いので

「霊に取り憑かれる」ことと「霊の憑依される」ことについて書こうと思います。



多くの方のご相談でよくあるのが

色々と起こる現象が「これは何か霊の取り憑かれているのでしょうか?」とか

「うちの子供は何かに憑依されてるのではないでしょうか?」などなど

何か今までと違う様子になったり災難が続くと

「取り憑かれている」とか「憑依されている」と疑う方がとても多いです。


確かにそう感じることはあると思います。


では実際はどうなのでしょうか?



色々な例がありますが

今まで見た感じでは「取り憑かれている」「憑依されている」というのは

かなり少ないと思います。



ただ、例外としてよくある憑依は

家に性格の暗い浮遊霊が来たときに住人も暗い気持ちになっていると

「その辛い気持ち、私もわかるわ、、」とか

「そうだよね、、みんな周りが悪いよね、、」とか

「うんうん、私とおんなじ気持ちだから分かり合えるね、、」というような感じで

浮遊霊の気持ちと住人の気持ちが重なり

悲しい気持ちが必要以上に悲しく感じてどんどん落ち込んだり

もう一人ぼっちで誰も助けてくれないと考えてしまったり

もう死んでしまおうと思ったりと

もともと持ち合わせていたネガティブな感情に覆い被さる憑依は

かなり日常茶飯事的によく起きています。



ただ、それは「取り憑いて殺そう」というほどの強いものではなく

そこまでの力がある霊は実際は少なく

ただ、本人が落ち込みが激しくなりノイローゼ状態などにもなり

命を経ってしまたりヤケになって誰かを殺めてしまったりなど

悲しい結末になってしまうのも事実です。



ただ、これらの憑依は昼間になると効力を発揮しなくなることも多く

昼間は普通の人格に戻る事がほとんどで

夜だけそのようになるという事が多いです。



時折住んでいる地域や過去に行った地域で何かが憑いてしまい

時代に揉み消されたその人の気持ちを伝えたくて

憑依した状態で霊視をお申し込まれることもあります。

ただ、そういう場合は「殺そう」ではなく「わかって欲しい、助けて欲しい」という

そういう気持ちがほとんどで

申し訳なさそうに「この人ならわかってくれそうだったから」とか

「優しそうだったから」と涙ながらに遊女の霊などが

自分の身の上話などをすることもあります。



ただ、そういう場合は取り憑かせて霊視につなげてくれたご依頼の方に

最後は感謝をし「お返しにお守りします」と言って

成仏しつつ守護霊に代わることも多々あります。


皆もとは普通の人間、

普通の感情が普通にあるのです。



ですが、怨霊にかかっている場合は別です。

怨霊とは先祖が酷たらしい殺人などをして

「末代まで祟る」という霊の場合です。

この場合は大体100年位その一族を殺し続け

一族を絶やそうとします。

こればかりは私にも手に負えないので

その場を離れ、時が経つのを待つしかない感じです。



また、それとは全く別で、自分自身が負の念を部屋中に溜め込んでしまう場合もあります。

その場合は自分の吐いた念が溜まっているので

さらにさらに落ち込むという事も起きます。

これは霊視をしないと見極められないことが多く

お部屋の写真をいただくのは浮遊霊や自分自身の負の念を見るためでもあります。



話は戻りますが

通常の浮遊霊の憑依の場合はとにかく夜落ち込む感じが多いです。

もし、夜に自分でもオカシイと思うくらい以上に落ち込んだり

ネガティブな気持ちが止まらない時は

「もしかしたら浮遊霊の影響を受けているかも知れない」と思ってください。

そしてなるべく寝てしまい朝まで待つか

何か紙に気持ちを描いてみて翌朝読んでみてください。



紙に書いている時はご先祖様は読んでくれる事が多いので

ご先祖さまが読んでくれていると思いながら

今の辛い気持ちをとにかく書くのです。



そうすると少しずつ癒されて2〜3時間も描き続けるとだいぶスッキリすることが多く

疲れてそのまま寝ることができたりします。



寝ている間もご先祖様は「かわいそうに、、」と手紙を読みながら

癒してくれるので、朝になると元気になっていることも多いです。



なので何か夜、妙に落ち込む事があればできるだけ考える時間を短くして寝てしまい

次の朝が来るのを待つ方が良いです。


前の夜に色々書いたことも朝になって読み返すと

「なんでここまで悪いことばかり考えたのだろう?」と思うこともよくあります。


朝は日が登るときに多くの浮遊霊が窓や壁から外に逃げていきます。


そのくらい朝日というのはエネルギーが強いです。

特に午前中は浮遊霊は静かにひっそり静かにしています。


なので「お墓参りなどは午前中が良い」と言われているのです。


午後3時くらいまでは何とかその状態は続きます。



でも4時を過ぎる頃から空気は一変し始めます。

ザワザワと浮遊霊が動き始めるのです。



夜になると本当に自由に動き始めます。

それは神社やお寺でもそうです。



何か救いを求めようと夜中に神社などに行くのはやめてください。

色々な霊がいることが多いです。



大晦日のお参りなど人が沢山いてご先祖様も帰ってきている時はそうではありません。

誰もいない神社やお寺に一人で行くのはやめた方がいいです。


霊がいると「咳き込む」ことが多いです。


私も体験したことがあります。

咳き込むというのは体に遺物を入れないように一生懸命防衛している証拠です。


もし暗闇や嫌な感じがする場所で咳き込んだら

浮遊霊が入ってこようとしていると思ってください。


そしてできるだけ早くその場を離れて明るい人気の多いところに行ってください。


また、急に「ビリビリっと静電気の様な感じで全身の産毛が立つような感じ」も

霊が近づいている証拠です。


昔のアニメの「ゲゲゲの鬼太郎」の鬼太郎の毛がアンテナのように立つのは同じことです。


それと

急に嫌な雰囲気を感じる

冷たい空気が吹いてくる感じがする、

変な匂いや線香の匂いがする

五厘の「チーン」という音がした気がする

何かが視界の脇や目の前を通った気がする

(人間の場合は床から1メートル以上の高さで縦横無尽に動きテニスボールかそれ以上の大きさ)

何か落ち着かなくなる

背中に気配を感じる

誰かに見られている気がする

妙に色々な隙間などが気になる


それらも霊が近づいてくる現れです。


霊と言っても良い霊と悪い霊がいます

良い例とは守ってくれるご先祖さまの霊です

それらが近づいてくると


暖かい空気が寄ってくる感じがする

何だか懐かしいような安心した気持ちになる

誰か嫌ではないものが横にいる気がする


そんな現象で、夜のお墓などに言っても暖かさを感じれば

そえはご先祖さまがついていてくれるということになります。


また、動物達も良くきます


立っていると足元を飼ってたペットの背丈で何か触った気がする

何となく床からペットの背丈で何か通った気がする

(犬や猫は床から30センチくらい、鳥は目の高さより上で大きさはピンポン玉くらい)

ペットの鳴き声がした気がする

手乗り文鳥やインコなどは肩と頬のあたりに温かみを感じる


それらの特徴があります。



よく映画「エクソシスト」や「悪魔祓い」の様に

憑依したら人格が変わるか?ということですが

私が今まで見た感じではもしかしたらそれくらい強烈な霊もいるとは思うのですが

それは本当に稀なケースで

ほとんどは思い込みをさせられていて「自分は取り憑かれている」との恐怖から

その様になっていることの方が多いように思います。


かなり強い憑依というのはあると思うのですが

本当に稀だと思います。



割合一般的な憑依では、あの悪魔祓いの様な激しい動きは無く

どちらかというと「なぜか行ったことが無い、やった事がない事に関心が出る」

というのが多いです。


悪い場合もありますが

前世の影響でそうなっていることもとても多いです。


なので前世を見るとかなり共通していることが多く

それは憑依というのとは違う感じがします。



また、地縛霊と言って良いかどうかですが

住んでいる所の環境の影響というのもよくあります。


霊視をご希望の方にはご住所をいただいて地図を同時に見ています。


そうするとその土地の歴史で大量に人が殺されていたり

また、それらの事は記述がなかったりということもよくあります。

自然界の精霊が影響することもあり

川や森の霊が開発によって怒っていることもあったり

高速道路や鉄道、池や湿地帯なども影響もあることが多いです。


それらを見るといわゆるテレビなどで見るような激しい憑依というものや

悪魔祓いと言う様な感じとは違うように思います。


ただ、その様な強い霊がゼロとは言い切れないのも事実で

まだ私が見たことが無いだけでおそらくいるのだろうな、、と言うことは感じています。




色々な現象がありますが全てが霊現象と言うことでは無いです。


ただ、霊視に何らかの理由で導いて何かを伝えたいと思っているご先祖さまは多く

霊視につながると言うのはそのタイミングで何か伝えて

元気付けたり、体調不良を伝えたり、感謝を言いたかったりと色々です。


なので私は皆様がこのブログを何らかのきっかけで見つけ

読んでいくうちに「いつか頼んでみたい」と思い

予約をとってつながると言うのは

それほど大々的に宣伝をしているわけではないので

本当に「お導き」以外ないのだと思います。


場合によっては霊視というものよりも違う方法が良かったり

私の力では力不足で解決しそうにない問題の方は

お断りをさせていただくこともあります。


でも、どの方も「たまたま見つけた」とか

「申し込んだらその日から電話の日までに相談しようと思っていたことは解決した」とか

「霊視をお願いしたらちょうど父の命日でした」とか

何かご縁を感じるエピソードを聞いたり

繋がったご褒美というかそういうものをいただいている方は多くいらっしゃいます。

おそらくそれまでの問題が急に解決したというのは

やっと伝える機会に繋がったというご先祖さまの喜びを伝えていたり

それ以外の本当に伝えたい何かがご先祖さまにはあることが多いです。



これからも色々な方とお話ししていくことになると思いますが

皆様浮遊霊には気をつけながら

ご先祖さまたちに守ってもらいつつ

どうぞ皆様お幸せになってください。

応援しています

頑張ってください

それではまた


さとこ

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

今回の話は、憑依ですか。

 

確かに落ち込んでいる時って、自分が弱っている状態じゃないですか。

 

もしそこに生前、同様な考えで最悪な状態になった霊がいると、

 

それは同調するよな、、と思います。

 

さとこの方法を試してみてください。

 

 

夜は早く寝る。

 

朝日を浴びる。

 

 

こんな夜中に、さとチカ読んでるそこのアナタ!

 

もしかして後ろに、、、、

 

 

 

 

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先祖供養とお墓参り

東京では桜が満開ですね。

 

 

 

 

 

(近所の桜)

 

 

 

で、まだ3月じゃないですか?

 

学生の頃(小学校〜高校)の入学式などで必ず桜の下で

 

クラスの集合写真を撮影していたんですが、入学式というと

 

4月の第一週。

 

つまり昔と比べ、開花が1週間ずれているんです。

 

ここ数十年の間だけでも、気温が上がっているのが、

 

桜を見てもわかるんですね。

 

 

 

あと何回、桜が見れるかね〜〜

 

とか言いながら、ポメを散歩しながらそんな事を思ったんですよ。

 

 

 

 

ポメの散歩が終わると、私の土日はいずれかの日にスーパーへ買い物に行きます。

 

家族5人の1週間分の食料を買うんです。

 

近所のスーパーは安売りしているからか、結構な人が集まるんですよ。

 

平日に行った事もあるんですが、開店1時間でレジに行列ができて、会計を済ませるのに

 

20分程度待つとか、レジに並ぶ人たちを誘導する警備員がいるとか、、

 

 

平日でもそうですから、土日となるとさらに激しくなって、もはや阿鼻叫喚。

 

子供は泣くは、通路に人が多すぎ品物が取れないは、会計後の品物を入れるスペースが

 

混んでいてなかなか袋づめできないとか、とにかく人熱(ひといきれ)で疲れる。

 

 

何回か時間をずらして、閉店1時間前とか行った事があるんですが、

 

そうなると今度は人も少ないけど、商品も品切れみたいな感じで

 

まともな買い物ができないんですね。

 

 

なので、致し方なく激混みの中に突入する訳ですよ。

 

ん〜〜〜〜、、、東京は人が多いなって感じ。

 

 

 

 

 

で、ですよ?

 

今日このスーパーで見かけた人が変わっていた!

 

人が変わっていたのではなく、買っている物の種類。

 

しかも2台のカートに上下2つずつのカゴにしてましたから、カゴ4つ分。

 

器用に片手で各々のカートを動かしているんですよ。

 

私も長年スーパーに通ってますが、片手ずつで2台のカートを動かすとは、、

 

あんたプロやな!と思った。

 

しかも普通の主婦っぽい女性だったんです。

 

その中身は、、、

 

 

 

大量のトイレットペーパー

 

 

 

一体何束買っているんだ?

 

見た目、20束くらいに見えましたけど、トイレットペーパーのみ。

 

その2台に大量に盛られた白い物体は、相当目立っていましたからね。

 

なぜにここまで大量に?

 

家に置くとかさばるのに?

 

私、帰宅しながら色々想像しましたよ。

 

 

 

*トイレットペーパーマニア?

 

*1回のトイレに1ロール使う人?

 

*人間に化けた羊の人?(食料?)

 

*ミイラ作りに使う?

 

*家の中にトイレが 10個くらいある豪邸の人?

 

*トイレットペーパー合戦とかして家族で遊ぶため?

 

*猫ちゃんの爪研ぎ?

 

*単なるトイレットペーパーガチ勢?(最近子供伝いで覚えた)

 

 

 

などなどなどなど。

 

 

家に着いて、さとこにも聞きましたが、

 

霊視してくれませんでした。

 

本当は私の過去視で追跡できるくせに、、

 

 

馬鹿じゃないの?

 

 

と言われた。

 

いいや、今度見つけたら尾行してみよう(犯罪的?)

 

 

 

そんな人とか、一昨日なんかはすごく分かりやすい買い物をしてる

 

若いリクルートスーツを着た女子を見ました。

 

フト、カゴの中身に目が行きまして(少ないから)

 

 

パック詰めの白米

 

惣菜のコロッケ

 

野菜ジュース

 

 

それだけ買ってました。

 

あ〜〜〜〜、、、なんか東京から離れた場所から来て、一人暮らししてて

 

とても節約してるんだろうな、、

 

本当は美味しいものをもっと食べたいんだろうな、、

 

なんか若い頃に一人暮らししていた私の貧しい食事が思い出されて、

 

思わずハグしたら、レジの人に笛を吹かれて事務室に連行されたとか。

 

 

世の中色々な出来事があって、飽きませんね(笑)

 

 

 

さてと、さとこがテーブルの向かいでカタカタしてますから、

 

今日も、さとこ後半ありますよ。

 

時間がかかりそうなので、その間に半年ぶりに風呂に入るか、、(え?)

 

 

続く

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

こんにちは、さとこのチカラのさとこです。

いつもご愛読ありがとうございます。



急に東京は桜が咲き始めました。

桜は大好きな花ですが、私は特に散る時の花吹雪が大好きです。

桜が咲くと何故かその後すぐに雨が降ることが多いように思います。

お花見しようかな、、と思うと雨、という事が多いです。

でも今日は雨もなく綺麗に咲いておりました。

お花見は時間がなくできませんでしたが

気分だけでもとベランダで家族で昼食を取りました。

ゴロンと寝転んで空を見て

薄曇りの空でしたが子供たちが小さい頃

良くこのベランダでプールをやって素麺を食べたり

寝っ転がって空を見ていた姿を懐かしく思い出します。



古い家で今の建築法と違うので

ベランダがとても大きいです。

庭はないのですがこの家に住むのは私たちで3代目の中古物件で

小さいですが日当たりも良く気に入っています。



昔テレビ番組で細木数子さんがこんなことを言っていました。

「墓も立てずに(お墓が物凄く古く朽ちているという様なニュアンスでした)

親より新しい立派な大きな家に

親孝行もせずに住むのはバチが当たる」

とかそんなことを言っていました。



私はそれほど細木さんの占いや信者ではないのですが

なんとなくこの考えは「わかるな〜」という感じがしました。


両親はサラリーマンながらもとても頑張っていた人で

それなりの中学の頃に転勤をきっかけに一軒家を立てましたが

その前に、私が小学生の頃に父はかなりの貯金を使って

見窄らしかったお墓を立派に立て替えていました。

当時住んでいた家は東京ならではの借地で

とても小さなボロボロの家でした。



新築の家では祖母に一番日当たりのいい部屋を与え

同時にスペースもできたので祖母の部屋の仏壇も

それまでより大きな立派なものに買い直していました。


祖母は感銘して大変喜んでいました。



私は父ほど色々頑張れていませんが

父は高校生の頃に癌で父親を亡くし

幼い兄と弟の二人も原因不明の病気や事故で突然亡くしております。

特に幼い弟が目の前で突然痙攣を二日間起こし続け

当時の医療では医者も手の施し用がなく

亡くなったのはショックだったと聞いていました。

祖母も本当に辛かったと思います。



毎日毎日午前中何時間も亡くなった子供と夫の為に

お経をあげていた祖母の気持ちや(特に子供達への供養の気持ちが強かったと思います)

親兄弟に対する気持ちが強かったのだと思います。

でも、貧しい家計の中でも少しずつお金を貯めて

まずは亡くなった親族へとの姿勢は子供ながらに「偉いな、、」と思いました。


それぞれの家の事情はあるともうので一概には言えませんが

気持ちだけでも自分の事ばかり考えず

先人を敬う気持ちを持たなければと思います。



そんな気持ちもあって、私は新築物件よりも

中古物件の方が自分の分相応と考えており

親の家よりも古い(リフォームでそうは見えませんが)

今の家をとても気に入っています。




今回のお話は最近お彼岸がありお墓参りに言ってきたので

「先祖供養とお墓参り」について書こうかと思います。


先日お彼岸でしたが、上記の父が立てたお墓は今の家からも近く

とても綺麗に桜も咲くことから

土日になるとお花見の人やお彼岸のお参りの人で混むので

平日のうちに春休み中の子供達と一緒にお墓参りに行ってきました。



昔父が「お墓に桜が多いのは、昔は土葬で死体の血を吸って良く育つからだよ」なんて

わざと怖がらせて言っていたこともありましたが

私の実家のお墓はそんな怖い話を吹き飛ばすくらい

桜が咲くと本当にみんな楽しそうにレジャーシートを敷いて

お墓のそばでお花見をしている人が沢山います。


きっと亡くなられた方々も、故人の思い出話をしたり

親戚が仲良く楽しんでいるこの賑やかな空気は

嬉しいのではないかなと思います。


なので私はお墓参りは子供の頃からそれほど嫌ではなく

行けばジュースを買ってもらえたり

広い霊園を妹と走り回って探検したりと

楽しい思い出しかありません。


そこで供えるお菓子も

「置いたままだとカラスに荒らされるし、共食と言ってご先祖様と一緒に食べると喜ぶんだよ」と言われ

あまり普段食べないような和菓子などをお墓の前でパクパク食べ

午前中にお参りするので大体終わるのがいつも昼頃で

帰りは祖母も含めて家族で年に何度も行かない和食屋に行って

お寿司やうどん、あんみつ等食べて帰るのが

ちょっとしたレジャー感覚で楽しかったのを覚えています。



主人の方は関西の方にお墓があり、かなり遠く

また、主人の両親は別の兄弟にお墓を任せているので

そちらのお墓参りに行くという習慣は主人だけでなく主人の両親含め

あまり無いです。


その代わり私の方のお墓には法事や葬式もあり何度も主人はお参りはしてくれています。

細木さんがテレビによく出ていた頃、

「奥さん側のお墓まいりばかりしていると不幸になる」とか

「親戚同士で同じ墓に入ると骨肉の争いになる」とよく言っていたこともあります。


それについては私は今ひとつ疑問で

私の霊視してきた感じではご依頼の方も含め

夫側があまり信心深くない家も多く

だからと言って信心深くない家系はやはりこだわりもあまりない感じで

それほど支障がある様には今の所感じてはいません。


親戚で同じお墓に入らざるを得ないケースもあり

それについてもこれほど少子化が進むとそんなに悪いのかは今の所わかりませんが

細木さんの見てきた中ではその様なケースがいくつかあったのかも知れないです。




結婚当初まだ祖母も存命で主人にとっては私の祖母、父、そして

死産した子も入っているので

今の私の家族にはこのお墓にはあった事のある身近な人が入っているという感じです。

なので親近感も湧くのだと思います。



関西の方のお墓参りは、主人曰く母方の方の祖父母にはすごく可愛がってもらったそうで

そちらには何年かに一度一人ででもお参りに行っているのですが

父方の方の祖父母にはそれほど思い出がないようで

しかもかなり特殊なお墓なので親戚伝いでないと入れないというちょっと面倒な部分もあり

気軽にお参りできる、という感じではありません。



主人はあまり自分の両親の親戚とは距離もあり付き合いはなく

結婚式やお葬式や法事にもほとんど呼ばれたこともなく

そのようなことから私も主人の親戚とはまだ1〜2回しか会ったこともないです。

(子供達は主人の母方の親戚には一度も会ったことがありません)

どちらかというと関東にいる私の親戚との付き合いの方が会う機会は多い感じです。


子供達は私の方のお墓には小さい頃から私の両親ともしょっちゅう行っているのと

大好きなジイジ(私の父)や双子の兄(死産だった子)が入っているので

着くとすぐに「草むしりしなきゃ!」と一斉に草むしりを始め

タオルやタワシで墓を洗い

花を備えてお線香をあげました。


お墓を洗っているとお墓からは「気持ちいいね〜」とか

「かわいいね〜」とか色々な優しい声が聞こえてきました。


もともと両親がしょっちゅう草むしりに行っていたのですが

父も亡くなり、母も高齢になってきて

だんだんお参りができにくくなってきました。


なので綺麗にしてきたと母に伝えると大変喜んでいました。


周りのお墓は色々です。


草だらけの所、墓じまいした所、新しく建てた所、いつも綺麗になっている所と

それぞれです。


お墓の名前の表記も「絆」とか

苗字でないところも増えてきました。


お墓のお参りもだんだん高齢になると行くのは大変だと思います。

業者にお願いする人もいると思います。


霊視のご相談で色々なお墓のお話を聞くと本当に様々な形式のお墓があるのだなと感じます。


霊園もあれば納骨堂の人や現代風のお墓、樹木葬、自宅のすぐ裏の人もいて

お参りの頻度もそれぞれです。


なので一概にはどのやり方がいいとは言えないところはありますが

なぜかお墓参りをするととても気分が良くなり清々しい気持ちになるのは

何か良いものをいただいているのかな、、と思います。



ご相談者の中には沢山のお墓を守っている方も中にはいて(数十個)

その草むしりだけでも疲労困憊している方もいて

そのような方にとっては苦痛かもしれませんが

私が今まで霊視してきた感じでは

ある程度の年数がたったお墓(明治以前)などは

もうそこに入っている方から

「もう十分見てもらったから無理しなくてもいいよ」

「自然に帰るように朽ち果てても大丈夫だよ」と

子孫を思いやるお言葉も沢山聞いています。



お墓というのは色々な考え方がありますが

亡くなった方のおうちのような役割もあれば

残された遺族の「心の拠り所」でもあったりと

色々な意味合いがあるように思います。


なので、お墓に知っている人が入っているかどうかというのも

思いとしては強さが違い

時代によっても埋葬の仕方も色々です。


現代のお墓の様式は江戸時代以降と言われてるように聞いたことがあり

昔の身分の高い人はお墓があっても

庶民はお墓どころか苗字もない時代もありました。


そして子沢山で大家族の時代もあれば

今のように少子化で各家族の時代もあります。


時代や地域によってもやり方が違い

お墓の形も色々です。



今そういう意味ではお墓の考え方や葬儀の仕方も様々になり

それぞれの自由なやり方があります。


思いや拠り所、という意味では

お骨が有る無しも考え方次第です。


私の母方の祖父は前にも書きましたが

東南アジアの島に戦争で行ったままで

紙しか日本にはありません。


後楽園の戦没者のお墓に小さな位牌が引き出しに入っているのと

母方のお墓にその紙が入っているだけです。


でも、母が何度か危篤になった時にその若くして亡くなった父親は

夢に出てきたと言います。

三途の川の向こうで「こっちにきちゃダメだよ」という身振りをしていたと言います。


お骨があろうがなかろうが、

守ってくれてるんだと母は嬉しく感じたと言います。



今まで色々な霊視をしてきましたが

霊視をご依頼くださるほとんどの方は守ってくれている人がついています。

霊の存在を信じている人だから、前向きに頑張っている人だからというのも

有ると思います。


私の霊視をしていない人で

悪いことばかりしている人はもしかしたら誰も守ってはいないかもしれません。



私はどの人も守護霊がいるとは思いません。



その人の生き方によってはついている守護霊も呆れて離れていくと思います。



特に自暴自棄になったり、なんでも人のせいにして当たったり

自分を見つめ直さないような人や

先祖や霊を敬う気持ちがない人は守る方も嫌になると思うからです。



よく「自分は霊なんて信じない」という人がいます。



そういう人は多分守る気なんて無くなってしまうと思います。

もし私が守る立場であればそうだと思うからです。



守護霊の方々は皆もと普通の人間です。

生きている人とさほど考えも変わりません。



ただ、縛りが無くなり、広く素直な気持ちで見守ってくれている感じですが

自分を無視して「自分は自分の力で生きているんだ!」と傲慢な考えでは

良い霊も呆れるだけだと思います。


誰でも自分一人では生きていません。

野生動物だって大人になるまでは親が面倒見ます。

水生動物など卵で置き去りのまま生まれた時から自力で生きているものは別かもしれません。

でも、それでも産卵の時に少しでも安全な場所を親は考えて産卵します。



時には尊敬できないひどい親や祖父母を抱えている人もいます。

その様な時は縁を切らなければ自分を守れない場合もあります。


でもそれは決して悪いことではありません。


今までの霊視でも親子の立場が逆で生まれて

親に子供が色々教える立場で生まれた人も沢山見てきました。


あまりにもひどい仕打ちの場合逃げるしかない場合も沢山見てきました。


その様な時ご先祖さまはどういうかというと

「それで良いんだよ」「大変な役割をさせてしまったね」という人が多いです。

「親を絶対に最後まで見なさい!」「貴方が悪い!罰当たりだ!」なんて話は

聞いたことがありません。


子供は子供なりに必死に命と心を守るために

頑張っていることを認めてくれているご先祖さまがほとんどです。


特に会話が成立しないような自己中心的な親を持ってしまい

子供の方が精神的に位が上の場合は、

子供は「なんとか親によくしてあげなくちゃ」と努力をしていることが多いです。


ですが、通じないものは通じないのです。

通じない何か欠けた部分があることがあるからです。


でも、先祖を敬う気持ちがあれば

その様子もじっと見てくれているものです。

親がいくつになっても親としても役目を学んでいない場合は

親の方が学びが少ないということになるからです。



歳をとるとよくわかるのですが

歳をとったからといって経験は増えても

精神的に若い頃とすごく違うかというと

思っていたよりも変わらないな、、というのがわかります。


若くても精神的に磨きがかかり続ける人もいれば

歳をとっても「老害」と言われてしまうような学びのない人もいます。


それは障害が関係する場合もありますが

同じ経験でもどう捉えどう受け止めるか?の違いかと思います。


辛い経験でも

神に見捨てられたと思うか、

それをバネに乗り越えようと思うか、の違いの様な感じです。


その一つとして

お墓参りというのは

霊というものを信じ、先祖を敬い、

「自分一人では生きていない」という気持ちの象徴の様にも思えます。


お墓があってもなくても

素直な謙虚な気持ちを持って生きることが

周り回って幸せにつながるように思います。


そしてご先祖さまたちに感謝する事で喜んでもらい

「そんなに思ってくれるならもっと守ってあげたい」と思ってもらえるのではないかと思います。


お墓も仏壇も何もなくても

それはどこでもできる事です。

自分のできる範囲で今日命があった事は

誰かが守ってくれたのだと感謝の気持ちを日頃伝え

いずれ自分が霊になった時に、また誰かを守ってあげれたら

きっと幸せな人が増えるのではないかと思います。


どうぞ皆様もお幸せになってください。

応援しています

頑張ってください

それではまた


さとこ

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

霊を信じない。

 

 

多くの方がそんな感じだと思います。

 

でも初詣とかに行って、高尚な霊にお願いするのは不思議ですね。

 

高尚な霊(神様)は居ても、普通の庶民の霊は居ない、、そんな感じでしょうか。

 

さとこの書く言葉を読むと、霊視できるからこそのリアリティーがあって、

 

どう考えても「正しい」と思わざる得ないんです。

 

 

 

今も個人が亡くなってから、僧侶を呼んで読経してもらう事があって

 

時として「説法」を述べられる事もあるかと思います。

 

でも、その方達に霊は見えているのか?

 

というと、その限りではない僧侶が多いのではないか、

 

そしてそれはもしかしたら、人間の業を説く事だけなのか?と

 

思ったりするんです。

 

 

さとこはもちろん、僧侶ではなく主婦です。

 

何の修行もしていません。

 

でも、たまたま選ばれて霊視ができるようになりました。

 

多くの方を癒すために、、

 

それはもしかしたら、ひと時の桜の花のようなものかもしれません。。

 

 

 

 

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神様の姿は一つではない?

一昨日、東京では急激に気温が下がりました。

 

 

 

 

 

 

道路交通法で禁止されていますが、私の勝手な解釈で

 

自転車で傘をさしてはいけない→両手で支えていれば問題なくね?

 

と思い、両手でハンドルを握り、肩で傘を支えながら駅まで

 

行っています。

 

特に夜の帰宅時が寒くて、そのような状態だと服はもちろん濡れますし、

 

両手は冷たい雨に打たれるがまま。

 

まあ、生きていればこそだよな、とか思いながら帰宅していたのですが、

 

その時その寒さに関係なく、「ある考え」が突然啓示のような感じで

 

閃(ひらめ)いたんですよ。

 

 

 

あ、今日はわたし、真面目しんちゃんですから、その啓示のような物は

 

私の一部としてお聞きくださいです。

 

 

 

 

日頃、強烈な霊能者のさとこの元にいるわけで、さまざまな話を聞きます。

 

四六時中聞いているわけでは無いのですが、フトした会話がきっかけで、

 

ポロっポロっと長年聞いているわけですよ。

 

そうなると霊に対する正しい見方と言いますか、漠然とさまざまな宗教で

 

説かれている事でも「それはその通りだ」とか「それは人間の考えた事だ」と

 

私の頭の中で、区分けができるようになりました。

 

 

 

今からお話しするのは、そんな さとこの元にいますが、今までさとこから

 

聞いた事がない話。私の仮説と捉えてください。

 

それは

 

 

 

高尚な霊(いわゆる神とされているもの)の姿は一つではない

 

 

 

という啓示です。

 

 

 

偶像崇拝が禁止されている宗教はいくつかあります。

 

それは、キリスト教だったり、ユダヤ教だったり、イスラム教だったり。

 

その理由は平易に言うと、

 

 

 

唯一神たる神に対する反抗とみなされるから

 

 

 

それ故、各宗教は他の宗教を信仰しない、あまつさえ人間が人間を殺す。

 

宗教戦争というものは昔からありましたが、生を司る神が居たとして

 

(まあさとこ曰く、居る ですが)そんな事を望んでいないのは

 

私のようなものでも分かりますよ。

 

だって自分が創り出したものを壊されるのは、意識として嫌ですよね?

 

 

ーー

 

 

 

ところで、さとこの場合は画像を視てさまざまな角度で霊視をします。

 

そもそも、さとこ自身が自分のチカラを人の為に使って良いか?

 

と尋ねた時に現れたのは、大きな大仏のような存在だったような記憶が

 

私にあります。

 

その高尚な霊に許されて、霊視をして、それに関する話題をこうして

 

「さとこのチカラ」として皆様にお伝えしてきました。

 

 

 

さとこは日本に生まれ、物心ついた時にはお寺や神社があり、そこに

 

祀られているものを、霊視ではなく「見ている」わけです。

 

 

例えばお寺には仏像があります。

 

いわば「仏の姿」として、そこに いにしえから鎮座していて、人をして

 

これが神の姿なんだ、、と多くの人に「刷り込み」をして長い年月をかけて

 

信仰されてきました。

 

 

その辺りは、上記、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教などとは異なります。

 

ただこれらの宗教が人が想像した姿の偶像を禁じているのは、

 

各々が「唯一の神だから」という信念に基づいています。

 

 

 

で、もし私の仮説(啓示)が

 

 

高尚な霊(いわゆる神とされているもの)の姿は一つではない

 

 

と考えた場合、その高尚な霊体は、人間に対して(もしくは霊能者に対して)

 

「想像しやすい姿;人をしてイメージしやすい姿」で

 

現れているのではないか?と思ったんです。

 

 

そして、高尚な霊(神)みたいな存在は、

 

 

*高尚な霊が一つの霊体である必要は?

 

*もしかしたら高尚な霊は分裂できるのでは?

 

*姿はどんなものにも変えられるのでは?

 

 

などという事も思ったりするわけです。

 

 

まあその点、仏教の仏像は色々な姿が作られているので、上記概念とは

 

少々異なりますが、大枠として西洋や中近東の信仰対象の姿とは

 

全く違うイメージな訳です。

 

ですので、アジア圏の方には分かりやすいけど、他の地域では

 

「何それ?」みたいな感じですよね?

 

 

 

人間が「唯一の神」としている存在があるとして、もしそれが

 

 

その地域に住む人間がイメージしやすい姿に変えている

 

 

と仮定すると、、、、

 

 

「唯一神の概念」が総崩れになると思いませんか?

 

 

 

そして宗教に絡んだ、人間の争いは無くなると思いませんか?

 

それは、同じ地球に生まれた人間でも国によって、肌の色、

 

目の色、言語とか違いはありますが、大枠は「地球人」

 

それを、高尚な霊(神)は見せてくれているのではないか?

 

 

 

 

という新しい考えのもと、今度この疑問をさとこにぶつけてみよう。

 

そして、さとこが高尚な霊に接触して、真理を教えてもらった暁には

 

私が全ての宗教を超える存在になって歴史に名を残すと(笑)

 

ノーベル平和賞もGETって感じ?(笑笑)

 

 

 

 

まあ、真面目話でしたが、今日はさとこは何を書くでしょうかね?

 

ーー

 

と言う疑問について、早速さとこが書いてくれました!!

 

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

こんにちは、さとこのチカラのさとこです。

 

いつもご愛読ありがとうございます。

 

 

 

先日少し大きな地震があり、福島県沖だったとのことで

 

ちょうど3・11の色々な式典の後でもあり

 

東日本大震災で強い影響を受けた方達は

 

本当に怖かったのでは無いかと思います。

 

 

私はその時自動車を運転中で

 

信号待ちで「あれ?なんか橋の上でも無いのに少し揺れている?気のせい?」と

 

思っていたのですが

 

突然信号がパンっと真っ暗に消え

 

周りの住宅も全部真っ暗になり焦りました。

 

 

停電が起こったのです。

 

 

 

信号の消えた道をみんなソロソロと運転して

 

ちょうど深夜で交通量も少ない時間帯だったので事故などは無く済んだのですが

 

そのまま家路を注意しながら走行しました。

 

あと5分くらいで自宅というところまでは来ていたので

 

それほど長距離ではなかっただけでも運が良かったのですが

 

家の近所まで来ると電気は街中ついていて

 

「あ、ここが境目か!」と思いながら帰宅しました。

 

お陰さまで自宅は電気はついていたのですが

 

家から500メートル先くらいの街は全て真っ暗で

 

家にいた家族は「ものすごい揺れだった」と言って起きていました。

 

 

 

 

こんな時不謹慎かもしれませんが境目を見てしまった私は

 

子供達に「境目を見に行こう!」と連れ出して

 

自転車で境目を見に行きました。

 

 

なかなか経験できないと思ったからです。

 

 

境目では多くの人が懐中電灯を持った人が同じ様に歩いていて

 

自分のマンションは真っ暗で隣のマンションが電気が付いているのを見て

 

愕然としている人もいました。

 

きっと「自分の家だけ停電なのか?マンション自体が停電なのか?」と

 

確認している人もいました。

 

 

その後ニュースも見て実は福島の方では大きな地震だったことを知り

 

想像以上の地震だったことを知りました。

 

 

 

ご近所のお知り合いのお子さんたちは

 

震災後に生まれた子達で

 

「生まれて初めての大きな地震だったと言っていました。

 

確かにそうだな、、と思いながら

 

当時の混乱や恐怖を思い出し

 

自然の力の恐ろしさを改めて思い出しました。

 

 

 

今回のお話は主人が前振りで書いている

 

「神様はいるのか?」について書いてみたいと思います。

 

 

 

私が今まで霊視した感じでは

 

はっきりとした形にはなっていないのですが

 

「神様」と言われるような物は存在するように思います。

 

ただ、段階があり

 

一番上の層はどうなっているか曖昧ですが

 

一番上の神様は「人間のみ見ている訳ではない」というのは

 

わかります。

 

つまり、動植物や海の中の生き物など

 

多くの生命体全てを平等にみているので

 

人間のような形とは言い切れず、

 

一つというよりは地域ごとにいるような感じがします。

 

なので、自然災害などで人間が犠牲になることもありますが

 

人間だけをみている訳ではないので

 

自然のバランスのために災害は起こっており

 

そこには人間だけでなく動植物も犠牲になるのですが

 

その後には土の中や海の中にとっては

 

バランスを取り直すという事が行われているのではないかな、、と

 

思います。

 

なので人間の思う通りには行かないのが

 

自然災害なのだと思います。

 

 

 

 

主人の予測にもあっているのですが

 

ある程度その地域の人々にわかりやすい形で

 

神様は出てきている様に思います。

 

例えばわかりやすいのが女神と観音様です。

 

同じ女性の神様ですが東洋では東洋の顔つきで

 

西洋では西洋の顔、中東では中東の顔で現れています。

 

 

それはその土地の見える人たちが見たものが元になっていると思いますが

 

わかりやすい形で出てきています。

 

偶像崇拝については私はその宗教ごとに自由だと思いますが

 

偶像崇拝をしろともするなとも神様は言わないと思います。

 

そんなこといちいち言う様なことはないはずです。

 

ただ、信仰する人が信仰しやすい形が一番良いと思います。

 

 

 

人は何も無いものに対して気持ちを込めるのは難しい生き物だと思います。

 

同じ宗教を信仰している人同士が見分けやすい衣装や飾り、目印などもして

 

仲間意識も作っています。

 

 

そうする事でお互いを癒したり励ましたりしやすくしているのだと思います。

 

 

霊視の中でお墓や供養に付いての話が出ることもあります。

 

 

色々なご先祖さまがいますが

 

お墓に来てくれる人を感謝している人もいれば

 

古い霊の人は土に帰ることでも良いと言う人もいれば

 

何も無くてもいいから気持ちだけは忘れないでと言う人や

 

色々な話が出ます。

 

 

先祖と違う宗教を信じることについても

 

あまり厳しい話は聞いたことがないです。

 

どちらかというと

 

「好きにしていいよ」と言う人がほとんどです。

 

 

ただ、大事に思っているかどうか?これは重要です。

 

子孫を守ってくれている人に感謝する、これはしたほうがいいです。

 

 

 

私はどちらかと言うと

 

神様と言うよりは身近な親族の方が

 

大事なように思います。

 

あまりそこに神様らしき人は出てきません。

 

たまにその様な守り神のような人が日頃の行いや

 

前世での良い行いを見てついてきてくれている人もいます。

 

ですがそれは信仰している宗教と、ものすごく関連があるか?というと

 

全く関係ない場合も多々あります。

 

また、その様な一般の人間についてきてくれている人は

 

神様の階層の中では一番下の

 

人間にとても親しみやすい人間と同じような背丈の

 

人間の形をした人がほとんどです。

 

 

 

自然についても自然の神様はまた別に森など守っています。

 

動植物を守る神様たちは、それを破壊する人間が大嫌いです。

 

森の中にいる動植物を大事にしていますが

 

野生の世界では食物連鎖があり

 

生きたまま食べられるという

 

人間で考えるとかなり残酷な死に方も多々あります。

 

でもそれが自然の摂理なわけで

 

何かが生きるためには何かが餌にならざるを得ないと言う

 

掟があるのです。

 

 

 

それをじっと見守る神様ですから

 

人間にとっても同じ目で見ている訳です。

 

森の中で人間が生きていくために食べ物を狩ることは

 

仕方ないと思うでしょう。

 

でもそれとは別にそれをしなければ死ぬ訳ではないのに

 

勝手に森を荒らしたりすることは許せないことだと思います。

 

なぜならそのために多くの動植物が我慢をしたり

 

生きていけなくなったりするからです。

 

 

 

自然の中で生きる場合は自然の神様に従うしかないですし

 

今現在人間だけで生きる場所を街として作って

 

そこに集約するのであれば

 

その中でも問題は人間寄りの神様やご先祖さまが

 

見守っているのだろうと思います。

 

 

 

総括すると

 

「神様はいるのか?」と言うことについては

 

「いる」と言う様に私は思います。

 

ただその姿形、形式は多様にあり

 

人間の願いだけを聞いている訳ではない、

 

と言う感じで

 

色々な種類の神様がいて

 

それをまとめているさらに上の大物の地球全体を守る神様と言うものについては

 

はっきりとした形があるとは思えません。

 

雲のような雰囲気の大きさや存在で煙のように不定形の形の様に思います。

 

それも一つではないように思いますし、

 

地球全体を一つの神様が全て見ていると言う感じは

 

私には感じられません。

 

その様な支配的な中でもし統制が取れているならば

 

もっと住みやすい世の中になっているのではないかと思います。

 

世界中が誰も苦労することのないパラダイスであってもおかしくないと思うのです。

 

なので無闇やたらに「神頼み」と言うのはあまり意味はない様に思っています。

 

 

 

それよりは自分の日頃の行いを改め

 

人に感謝されるような善意を多くし

 

身近な神様やご先祖様に応援してもらえるようになる方が

 

現実的なのではないかなと思います。

 

 

誰でも「自分は神に見捨てられた」と思うときはあります。

 

でも、それは違うのです。

 

まだ生きているのであれば「命だけでも守ってもらえている」」と

 

感謝することが大事です。

 

 

生かされている時間、守られている時間を

 

大事に過ごしていくこと、

 

無駄にしないように、余裕があれば世の中の他の人に

 

例え他人であっても貢献してその人に幸せを分けてあげるように

 

色々な事をしていくことで

 

自分も感謝の念を沢山もらい

 

幸せになることを目指す事が大事かと思います。

 

 

変な言い方ですが、その善意は人目がどうとかでは無く

 

他人の目はある意味どうでもいいと言えば良いのです。

 

友達がいようがいまいが、

 

一緒にしてくれる人が居ようがいまいが

 

「今自分ができること」を何の見返りも考えず

 

「自分ができる範囲ですること」が

 

一番幸せになれる近道かもしれません。

 

 

私も「できる範囲」でしか何もできていませんが

 

何か人助けをした後は、その人よりも自分が幸せな気分をもらえている様に

 

思います。

 

 

どうぞこれからも

 

みなさま神様やご先祖様に好かれ

 

お幸せになってください。

 

 

応援しています

 

頑張ってください

 

それではまた

 

 

さとこ

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

ん〜〜〜〜〜〜 色々な神様がいる。

 

それはそんな事を、さとこが言っていた記憶はあります。

 

 

私が覚えているのは、例えばその存在はとてつもなく大きく

 

日本で言えば、九州全体を守るものとか、紀伊半島を守るものとか

 

伊勢の神様とかで言うと、その力の及ぶ範囲がとてつもなく大きいとか。

 

そして神様の順位付け?の観点で言われたのは、

 

曼荼羅ってあるじゃないですか?

 

あれは平面ですけど、実は横から霊視で視るとピラミッド型になっていて

 

上に行くほど、得?がある、、そんな事を言っていた記憶もあります。

 

 

でも、神様の中の一番上の存在がいて、統制が取れているのであれば、

 

この地球上で争いが起きていない、、

 

確かにそれも一理ありますね。

 

 

私の疑問とするところの

 

 

高尚な霊(いわゆる神とされているもの)の姿は一つではない

 

 

に対してのさとこの見解は、総じて

 

 

高尚な霊は沢山いるはず

 

 

と言う さとこなりの霊能者としての見解(回答)と言う事ですね。

 

どうでしょうか?

 

こんなん出ましたけど(古いか、、笑)

 

 

 

 

 

 

 

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