鳥居です。脇にある社号標からも分かるように、延喜式内社です。期待が高まりますね。
日歌輪翁の碑(?)、説明板からは読み取りにくいので日野市HPから引用します。
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この石碑は、日歌輪翁(ひかわおう)の没後30年にあたる明治17年(1884年)10月27日に、中氷川神社の氏子宝鏡教会の門人や、入間・高麗・多摩・秩父4郡の神道教導職門人などにより建立されました。高さ186センチメートル、幅165センチメートルあり、根府川石が用いられています。
日歌輪翁は、江戸時代の神官で、寛政4年(1792年)に三ケ島村の中氷川神社祠官の家に生まれました。碑文によると、少年時代は気性が激しく学問嫌いでしたが、16歳の頃に発奮して勉学に励みます。神道に関する自らの真理を極めようと修練につとめ、25歳の時に天神地祇の妙感を得て江戸で布教を始めると、入門者は百余人に達したといいます。「長田安田の神宝」という低利の貸し付けや、「芽纏ちまきの神宝」と称した弱者救済など、貧しい人々や弱者に対する社会事業を通して、自らの教えを実践しました。著作には『安国宝鏡あんこくほうきょう』などがあります。
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HPには書かれていませんが、日歌輪翁の4・5代後の子孫の一人が左卜全さんのようです。なるほど、「歌」とか「翁」ですものね、ズビズバァ!
神楽殿です。
狛犬です。微妙に風化が進んでいて、どこにでもあるような狛犬であるようなないような...
拝殿です。
由緒書きの板も微妙に読みにくいです。
蟇股の部分が龍でないですね。二匹の虎でしょうか?珍しい。
木鼻も古びた着色済みのもので、如何にもそれらしい。
本殿は金網付きの囲い屋で覆われていましたが、金網越しに撮ってみました。ぼけた感じになってしまうのはご容赦の程を。
これは本殿の足下部分です。
後は、三方向の壁面を金網越しに撮りました。金網越しとはいえ、こうして本殿の彫刻が見られるのはうれしいです。
以前にあった御神木のケヤキの大木の名残です。
境内社の八坂神社です。
説明板は判読しにくいです。
隣の境内社は、稲荷とアラハバキ社です。


















