烏森神社 東京都港区新橋 | 虫と花 人と鳥

虫と花 人と鳥

スピリチュアルが好きで関心のあるものにレンズを向けます。ようやく人って面白いなと思い始めています。神々の皆様、背後霊そして周囲の全てに感謝を捧げます。ありがとうございます。


佐藤亜紀子さんに喫茶店で手相を見ていただいたときに食べた昼食。カレーにサラダ、ドリンクとケーキが付いて1000円。値段的にはお得でしたね。お味?佐藤さんの事前の評通り、そこそこでしたが...カレーの皿が面白かったです。二枚の皿を寄せ合うとピタリ、陰陽のマークになります。



昼食と手相見を含めた楽しい歓談の後、また、スピリチュアル的な催しかなにかで近々お会いしましょうということで、私は神社巡り。


大きな地図で見る

知る人ぞ知る、新橋にある個性的な神社。駅の直ぐ近くなのですが、私は新橋を訪れるのがかなり久しぶり。道路やら建物やらが大きく変わっていて、烏森神社を見つけるのに意外と時間が掛かってしまいました。烏森神社から避けられているかと思うほどでした。

ウィキペディアから引用します。
---------------------------------------------------------------------
祭神
倉稲魂命(稲荷神)・天鈿女命・瓊々杵尊を祀る。

歴史
社伝によれば、天慶3年(940年)、平将門が乱を起こした時、鎮守府将軍藤原秀郷(俵藤太)が武蔵国のある稲荷神社に戦勝を祈願したところ、白狐が現れて白羽の矢を秀郷に与えた。その矢によって速やかに乱を鎮めることができたので、それに感謝してどこかに稲荷神社を創建しようと考えていた所、秀郷の夢に白狐が現れ、神鳥が群がる場所が霊地であるとお告げした。秀郷が現在地である桜田村の森に来た所、お告げの通り烏が群がっていたので、そこに神社を創建したのが当社の始まりであるという。
江戸時代の稲荷ブームの際には、初午の稲荷祭の賑わいは《江戸で一二を争うものであった》という(境内案内板における山田將夫宮司の説明、1971年)
新橋には他に日比谷神社があり、大祭は日比谷神社と交互に隔年で行われる。当神社の大神輿は1930年に名人・山本正太郎(通称だし鉄)によって作られた巨大なもの。「だし鉄の最高傑作とも言われている」と境内案内チラシにある。
境内に木遣塚あり。また「心願色みくじ」なるものが頒布されている。

文化財
足利成氏文書(1984年10月15日港区指定文化財)
享徳4年(1455年)1鎌倉公方足利成氏が書いた神願書。翻刻すると《稲荷大明神神願書事 今度発向所願悉有成就者当社可遂修造願書之状 如件 享徳四年正月五日 左兵衛督源朝臣成氏》となる。
---------------------------------------------------------------------

私も神社巡りを始めたばかりの頃にここを訪れ、随分変わった神社だなぁと思ったことを思い出します。稲荷神社なのですね。当時はそんなことも理解していませんでした。

店の建ち並ぶ狭い路地が参道なのです。


かなり奇抜な鳥居ですねぇ。以前訪れたときはこうではなかったような気がします。


由緒書です。


大きな神輿ですねぇ。


狛狐ではなく、狛犬でした。




社殿です。ここまで来て、隣を歩いていた若いカップルのうちの男性の方がいきなり「ここはやめよう」と相手の女性に話し、帰っていきました。神社として違和感を感じたのかもしれません。