昨日の宗教の話しです。
数年前、物凄く感銘を受けた詩があります。
「来なさい、来なさい。誰であっても
例えあなたが、異教徒、拝火教徒、偶像崇拝者であっても
我々のこの集会所は絶望のところではないのだから
例え百回も誓いを破ってきた者であっても
さあ、皆来なさい」
これは、トルコのペルシャ人思想家、ルーミーのものだと考えられていて、
彼はイスラム教神秘主義「スーフィー」の一派、「メヴレヴィ教団」に影響を与えました。
この詩の「来なさい」っていうのは、入信しろとか、戒律を守れとか、神を敬え、みたいなんじゃなくて、
「ちょっとこっちに来て、一緒の時間を過ごしませんか」
みたいな、「共存の精神」を説いているようです。
この「メヴレヴィ教団」には「セマー」と呼ばれる、くるくる回りながら瞑想する、旋回瞑想法なるものがあります。
半時計回りに回るのが基本ですが、気持ち悪くなったら、時計回りに変えてもいい。目が回って、どうしても転んでしまう場合は、うつ伏せになって休むようにすべき、それも無理なら仰向けでもいい。
「絶対にこうでなければならない。自分の思想が一番で、他は全て間違っている」などと考えるから、争いが起こり、人を殺す事を是としてしまうんじゃないかな。
自分と違う考えを受け入れるのは、もの凄く難しいけれど、難しいからこそ価値があるように思える。
こう考えてるけど、その考えもありかもと考える事は、凄く平和的で優しいような気がします。