異端審問と異教弾圧で死山血河を築いてきた宗教だ! | uni流ソロ活動ライフ。

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何年かぶりに父と衝突しました。



かなり熱くなり、彼は


「たっすい事言うなよ、ボケが!!」


と、暴言爆発。



アホですけどねガーンガーン私。



それでも、自分で納得した上でないと受け入れられないものってあるんスよ。



テーマがまた壮大で、



『自分というものをどう捉えているか』



みたいな、永久に答えは出そうもない話。



話すと長いので、アレですが、私の考えは、「ぶっちゃけ自分以外のものって、不確かなものばっかりだよね」って考えです。



上手く言えないので、昔から考えたりしてたことは、


「私の周りにいる人たちは、私が認識している事(父、母、友人とか)と、もしも違っていても、私がそれを知る術はないから、ほんとがどうなのかは分からないなぁ」



とか、



「テレビで、やってる事(北海道で殺人事件とか、アメリカでテロとか)ほんとの事かどうかは、私は絶対に確かめる事はできないんだなぁ」



とか。



勿論極論ですよガーン



常日頃そんな事を考えて生きていませんよ。(病んでいる)



まぁ、だから突き詰めて考えると、自分というもの以外は、現実か幻かなんて、自分には知る術はないと思ってる。



デカルトの


『我思う故に我あり』



のように、何もかもを疑ってかかれ!!もしかしたら、全てが偽りであるかもしれない!!しかし、こういう事を考えている自分というものは、疑いようがないぞ!!みたいな感じス。



因みに、有機物と無機物の区別をつけなかったデカルトは、五歳の時に亡くなった娘に似せた人形をフランシーヌと呼んで可愛がっていたらしい。


自分もたまに、2次元と3次元の区別をつけられない時があります。(病院へ行け)





で、それを聞いた父。



「お前は、自分の世界に君臨しているんだ。自分が一番えらいと思っているんだ。例えて言えば、お前は“天動説”なんだよ。周りが動いていると思っている。しかし、ほんとは“地動説”が正しいんだ。別視点で見られる、ガリレオ・ガリレイのような存在(地動説はコペルニクスだ)が必ずいるんだ。」



( ゚Д゚)ハァ?



えらいもえらくないも、私しか確かなものがないなら、私の世界は私自身でそれ以上でも以下でもない。



私は私であり、金太郎飴のようにどこまで行っても私だ。



私の周りを回っている星だの月だのは、あるかどうかなんて分からないって言ってるのに、あると仮定して語られても困る。




父は、神の存在を信じています。



最近は、キリスト教がお気に入り。



新興宗教で金をむしりとられこそしていないが(むしり取られる金もないが)、神様を盲信している。




ガリレオ・ガリレイってのは(クドいようだが、地動説はコペルニクス)おそらく神のこと。




父は元来飽き性なので、信じる宗教がコロコロ変わる。



今回も、キリスト教のうわべだけで、好きドキドキとか言ってるんだと思います。



はっきり言って、キリスト教は私には到底理解できない。(言うまでもないけど、絵画や音楽は好きっス)




自分についてくれば、全てうまくいくとのスタンスのキリストも、水をワインに変えるキセキの力も、ましてや、たった6日で世界をつくり、異端者は殺せと命じる神も。(隣人を愛せの“隣人”はキリスト教徒の事だし)




自分と違う考えを受け入れない。もっと言うと、違う考えの奴らは、間違っているから、自分たちが正さなければならないというありがた迷惑な使命感。




アーメン(誠にその通り)と唱える事に違和感を禁じ得ない。




だからといって、父が信じているならそれでいいんです。



父の世界には神がいるのだろう。



ただ、私に諭された所で、私が受け入れる事はできませんよというだけ。(神がいるなら、今すぐ私に金をくれ)




認めてくれとは言わない、そっとしておいてくれ。




語りたいなら、ネットなりなんなりの手段があるじゃないか。




「結局アレなんだよ。貴様は自分の考えている事に賛同し、尚且つ尊敬して欲しいんだ。自分がえらいと思っているのは、お前のほうだぜ!!」(指を額に突き付けながら)



と言ってやると、急に大人しくなり、ヘラヘラしながら、二言三言負け惜しみを言っていました。





宗教だの神だのは、信じている前提の人と、信じていない前提の人とで話あったって結局ただの水掛け論なんですよね。






その前に、父はしこたま呑んでいたと言うことで、全て語り尽くされる。




小一時間は、水泡に帰した。




Armen