モノを知る ことわり学び 我を知る 蕭蕭として 寒からぬこと
「解なし、の状況に耐え続けることも勇敢さなのかも知れません」
あるラジオ番組で言っていた言葉です。この言葉だけですと建て前的に感じたり、本当に言いたいことがよく分からなかったりします。
「私はなぜ知識を得ようとしているのだろうか」
この問いは常に私自身の中に響続けています。
明確には答えがまだ見つかりませんが、世の中に失望している中で私がまだ生きている理由になるのでしょう。
学習をすることは何か目的を達成するための手段です。私は自分で習得した知識や技術を用いて何を達成しようとしているのでしょうか。
失望の極みであって、無気力に陥っている状態であるのに、何を求めているのでしょうか。
この問いの解答を作り上げようとしても、理由の分からぬせめぎ合いが私自身の中で生じてきます。
まだこの解答を固めるのは止めておくことにします。