在りし日を おぼろげながら 思い出し それパラノイア 消された記憶
社会に都合の悪い記憶は消される運命にある。薬物の作用なのか、記憶状態のまずさを感じるようになってきているので、書き記しておく。
私の経験でからすると、「精神保健の専門職にある人々は、精神障害者が自分たちと同じレベルに存在することに対して嫌悪感を覚えている」と言えるでしょう。
私のこの説に対して反論は多いとは思いますが、精神障害者当事者とされてからPSWとして業務経験がある者として、こうした考えに至るにはそれなりの根拠はあります。なかなか文章で列挙するには複雑かつ残酷なのでここではしませんが、この説に関しては憤りを持ちながら、温めています。
こうした扱いを受け続けた結果、私がどのような感情や考え方を持っていくのでしょうか。それを以下に少し書いてみたいと思います。過激で人権を踏みにじる表現になるかと思いますが、私自身が人間扱いされてこない故の結果なのです。
「人類補完計画」
ずいぶん前のことですが、新世紀エヴァンゲリオンというアニメ番組に出てきた言葉です。全話を鑑賞したのですが、私には「人類補完計画」という計画の目的や内容を理解することはできませんでした。ただこの言葉の響きだけが強く印象に残り、今でもふと脳裏を過ります。
この計画の詳細は分かりませんが、こうした計画が存在するということは、人類に決定的に足りないものがあるということでしょう。そしてこの計画を遂行するためにはすべてを犠牲にしても良いほどの覚悟が必要であることもわかる。
そこにつながることとして、「社会のリセット」という考えがある。これは私の完全なオリジナルというわけではない。
アメリカ大統領選挙におけるトランプ現象やポピュリズムというものが、人間社会のリセットというものを私に想起させた。
当然ながら私には守るべきものもなく、ただ一人で存在しているだけである。ハムレットが悶えたように、この世界にいるのかいないのか、そのレベルでの問いを繰り返す存在なのである。
桜咲く 一寸先に 青ざめる