The lunatic きちがい | Last will and tastament 「私の遺書」解らないことを分かりやすく

Last will and tastament 「私の遺書」解らないことを分かりやすく

空想家な私が死を迎える前における遺書としてのブログです。
 知的好奇心のみが私が未だ生きている理由であり、それらがアウトプットされる場面を空想しながら書いています。
 余命に予断が許されず、文章の保管場所としてブログを書いています。
 

 

月の神 探し求めて 御気がふれ まがまがしさが 言の葉となる

 

 

 ネット社会になって様々な言葉を目にすることが多くなった。もはや私の年代では初見であり理解不能な言葉たちも平然と世間を飛び交っている。

 

 精神障害者の中でも特に統合失調症患者を蔑んでいう言葉に「きちがい」がある。差別語であるので公けに記載するのは不適切であるが、やはりこの言葉も平然と世間を飛び交っているので隠しようがない。

 このような差別語がまったく規制されることなく普通に使われている。いや正確には規制はされているはずである。病気や障害を理由に差別的扱いをすることや不合理で一方的な中傷をすることを禁じている法律はかなり整備されている。

 それでも規制がされていないと感じるのは取り締まりがないからであろう。「きちがい」という言葉ひとつにしても、あまりにも多くの場で使用されているため、ひとつひとつ取り締まることもできず、被害にあった者が告発し、その被害程度を司法の判断に委ねようとしてもキリがなく、むしろ被害者が疲弊するだけである。

 そして多くの人々にとって「きちがい」という言葉を使うことが正しいとされているからである。統合失調症患者に対する負の感情が少なからず継続しており、法律では感情を規制することが困難だからでもある。

 

この言葉を英語で見てみると 

 "lunatic"という単語がある。建前的に現在ではあまり使用されないようである。シェイクスピアの「真夏の夜の夢」で見かけたので近代英語の時代になる。現代英語ではポリティカル・コレクトネス(社会的に適切な言葉になるよう政治的な働きかけを行うこと)が盛んになっているので、使用される機会はさらに減ってきていると思われる。

 

 因んでいうと lunatic asylumは精神科病院のことを指す。asylum(アサイラム)は収容所とも訳される単語であるから、lunatic asylumがどのようなイメージを持たれていたかは想像に難くない。

 

 "lunatic"はLuna=月の女神の派生語なのだろうか。私の手元にある資料では分からなかったが、無関係とは思えないので興味深いところである。

 私が今回こうしてブログに書いている理由は、”lunatic"と"Luna"の関係性に着目したからである。

 分からなかったことをメモライズすることも一興かと。しかし悪しき影響を残すことになるかもしれない。迷うところである。