英語は現在では世界の公用語となり、世界中で使われいます。
それは、英語が世界各地の言語と接することになり、様々な言語と混ざり合うことを意味しています。
つまり、世界の共通語が最も激しい変化にさらされる運命にあるといえることになります。
私が古典文学に興味を抱くのは、変化する言語においてその源流を探求し、古人の抱えた感情をより直接的に受け止めたいと願うからです。
ということで、今回は英語における”t”についてです。
”t”は近年のアメリカ英語ではあまりハッキリと発音されなくなっています。そのことに顕著に気づいたのはアメリカ大統領選挙が始まってからです。ドナルド・トランプとカタカナ表記はされていますが、ニュースで”Donald Trump”を聴いていると”Trump”のTの発音がかなり弱くなっています。ファーストネームからの子音の連続が影響しているからかもしれませんが。
そのためゆっくりと話す場合、例えば演説のように大衆に聞かせる場合、などには”t”の発音も比較的明確に感じ取れます。
発音がハッキリとされないのは「発音しにくいから」という単純な理由なのでしょう。普段使う言葉であればあるほど言いやすいようにアレンジされていきます。
「韻を踏む」という技法は中国古典でも日本古典でも美しい表現として知られています。では英語ではどうなんでしょうか。
同じ音を重ねる、連続させるという技法は頻繁に耳にします。耳にする英語が世界的なニュースになるような場面で発せられる英語だからかもしれません。各国首脳の演説はスピーチライターの手が入っているでしょうから、高度な技法こそが見せ場かもしれません。
Sを連続させると鋭い感情が表現され、Dを連続させると重厚な感じがする。ユニークさを強調するためにわざと韻を踏む、など様々な目的で使えます。
ひとりで言葉に酔いながら、書いてみましたが、独りよがりですね。参考に名はならないですかね。
And now, So my important perpose make the sea change of my living. In short, My words will make artificial lifeform.