ひとりの女を見る

それは私の恋人だった女


ゆれている天秤の上

生きている心臓


新聞売り子の甲高い呼声が

街角をめぐる


とらえることのできなかったもの

世界n個の顔を見る


変色するフィルム

馬を追いかける汽車ぽっぽ


虫ピンでとめられた各種の天使

もちあげられるマティーニのグラス


まわってるレコード

レコードの上にかすかな傷を見る


(『ゆるやかな視線 a portrait』 谷川俊太郎詩選集1)


詩集を買った。谷川俊太郎は最近CMでも読まれたりと注目を浴びているが、透明感がある詩が澄み切った気持ちにさせる。子どもの詩や、少年の詩、大人の詩から、老人の詩へ。根底にあるのは遍く人間への興味とその観察である。夏のテラスで汗をかいたアイスコーヒーの傍に。

昔購読していた雑誌があった。「ミスターハイファッション」(以下MH)、モードにはまっていた時期にとても影響を受けた。

ファッション誌というと、メンズ・ノンノやスマートが主流の中、MHはそれらと一線を画していた。モードを中心に扱い、ファッション史についても何度も特集を組み、デザイナーの文化と思想について分析していた。


同窓会で会ったモデルの同級生の話だと、MHはファッション界でも著名な記者たちが、記事を書いていたらしい。今は休刊となってしまったMH。一般受けが全くしないディープな内容は、今でも印象に残っている。


ハイファッション

今日久しぶりに雑誌を買った。

Rock on Japanの特別号SIGHTで、「1975年を検証する」というテーマだ。

1975年はどういう時代だったか。その時僕はまだ生まれていないどころか、母はまだ女子大生だった。

記事はその頃の音楽や政治の動向を個々のアーティストに関連させて考察している。


1975年はベトナム戦争が終わり、日本でしか受けていなかったQueenが米チャートに食い込んだ・・・といってしまえば、その頃をしらない僕にとっては「ふーんそーなのか。」と思うだけなのだが、今回の雑誌は当時書かれた記事をリバイバルで再出している点に価値がある。

書かれた文章にはどうしてもその時代の社会風潮が影響する。逃れられない思想や価値観が直に伝わってくる記事は呼んでいて興奮させるものがあった。


SIGHT

一番叙事詩的な詩を書くのは誰か、そう考えるとやはり

大御所、ユーミンだと思う。(ユーミン自体は別に好きでも嫌いでもない)

以前知人から、ユーミンは曲作りのために女子大生をよんでサロンをつくり、そこでの会話から得られた話を作品に投影したときいた。本当かどうかは知らないが、詩を読むとどこか信じてしまう。


「静かなまぼろし」

作詞 : 松任谷由実


通りのドアが開き 雑踏が迷い込む
そのときまぼろしを見てる気がした
小走りのシルエット ガラスを押して
あなたが店に入ってきた

もしも微笑み この席で向き合えば
時は戻ってしまうの遠い日に

全てを分かち合い 歩いた二人が
今では柱越し別のテーブル
誰かとメニュウを選ぶささやき
ふりむく勇気がなかった

会わない日々を云いつくす言葉など
もういらないの気づかずいて欲しい

昔の恋をなつかしく思うのは
今の自分が幸せだからこそ
もう 忘れて


最初の出だしなどは非常にひきつけるものがある。

結果、作品自体のリアリティを増すことに成功している。

この詩は・・・結構好きな方。

と、久しぶりにREBECCAを見て気がついたこと。

それは「CDのジャケットがダサい!!!」ことである。


昔のジャケットはアート的な要素を含めることがなかったのだろうか、

多くのジャケットがポートレートである。


REBBECCAの曲はストーリー性が強い曲が多くて、特に初期のものは叙事詩的な作品が多い。

なおさらジャケットにもう少し意味をもたせ、販売促進すればよかったのに・・・と思ってしまった。


しかし、最近の歌謡曲は(ほとんど聴かなくなってしまったが)叙事詩的なものは少なくなっている気がする。一般に文学においても言われていることだが、あらゆる作品が「個」の収斂に関心を払っている。


つまり登場人物を配置してストーリーを展開させていくようなものではなく、個人の感情を述べたテキストが文学でも歌謡曲でも受け入れられている。受け手の人間の最大の関心が「自分」に向いているため「あぁ、この文章(歌)の意味は自分にしかわからないんだ」という一種の知的虚栄心が現代人の一番のエクスタシーになる。


今日山口県の高校で事件が起きた。自分のことしか考えられない年頃なのかもしれないが、もう少し他人についても感心を払うべきだった。いろいろ物議を醸し出す事件になるだろう。


恋ばかりの曲でもいい。だけど子どもたちには「こんな恋がしたい」と想起させるようなシーンを描ける曲を聴かせたい。「自分に浸る」曲ばかりではなくて。

誘われた昔の友人からの飲みの誘いにも行けずに、夏の夜長を持て余していた。

ソファに伏せながら、昔好きだったREBECCAのHPを検索した。


ファンサイトで会社が作ったものではなかったけれど

それはとても詳しいHPで読みごたえがある内容だった。

REBECCAは80年代にヒットを飛ばしたバンド、僕の世代ではない。

どちらかというとNOKKOか。それでも同年代の人間からNOKKOの話を聴いたことは一度もない。


続けてNOKKOのHPを検索した。

瞬間、出てきた画像に、僕は驚いた。nokkoがお母さんになっていたからだ。

NYで主婦をしていることは知っていたが、どこかでREBECCAの弾けた写真を想像していのだろう、一瞬本人だとは思えなかった。


想像の中で生き続けている人がいる。しかし時は絶え間なく過ぎていく。

想像の中の人もずっと同じゃない。みんな変わっていく。


次の飲み会には参加してみんなの顔が見たいと思った。

NOKKO

REBECCA

御茶ノ水まで行ったのだから、神田まで足を延ばせばよかった。


神田といえば古本屋。一時ちょくちょく通っていたことがある。

神田の古本屋は、お店ごとに強いジャンルが異なっていて

ここに行けば、自然科学の、ここにいけば社会科学の、と

探したい本の検索がとても便利なのが利点だと思う。


心理学生にとっては明倫館が有名だろうか。

三省堂をすぎて鞄屋の隣の本屋だ。

あそこではミンスキーの「心の社会」の原書society of mindを購入した。

非常に和訳が困難で、読破できずに後から邦訳本を読み直したけれど、どういうことだと考えて読み解くのが楽しかった。


あの頃のひたむきさを、また取り戻せそうな予感がしている。

あの頃ほど熱くなく、だけど前向きに。少しずつ。





汚れた空、くすんだ空気・・・あぁ、日常に変化を!

と叫んだころには自然と足が御茶ノ水駅に向かっていた。


八王子の山から下りてくると、ダウンタウンも都会だ。

僅かな人ごみにも躊躇する。


交差点をわたってDISC UNIONのクラシック館に足を延ばした。

友達に薦められた漫画「のだめカンタービレ」を見て、クラシックに興味を持ったからだ。


店内を見回すと真剣な顔でCDを探す人たちで賑わっていた。

クラシック素人な僕はやはりどこか浮いていただろう。

協奏曲の棚をボーっと見ながら店内を歩きまわった。


ピアノは聴きたくなくて、管弦楽がいいなぁって基準で探していた。

しかし「コレは!」というのが見つからない。

チャイコフスキーはきっと知らずのうちに聞いてるパターンが多いのでパス。

モーツァルトを聞いてみたいけど、不思議とピアノ協奏曲しか見つからない(節穴)。

そんなことを考えているうちに、妹に頼んで借りてもらったほうが早いか、と思い始め僕は店を後にした。


しかし既に音楽モードに入ってたのでこのまま帰る気にもなれない。

普段聴かない音楽が聴きたい。

そこで今度はDISC UNIONのジャズ館に行くことにした。


雑居ビルの狭い階段を昇る。

店にはいるとピアノの爽快なメロディーが入ってきた。


あ、ジャズいいな。


一枚買って帰ろう。その瞬間にそう決めた。

さて何を選ぶか。はっきり言ってチンプンカンプンである。よく来たもんだ。

まぁ、中古だからジャケ買いでもいいかと覚悟して選んだのが2枚

◆ ハービー・ハンコック SPEAK LIKE A CHILD

◆ スティーブ・キューン MOSTLY BALLADS AND MORE


しかし、予算は1枚分しかない。

どちらにするか・・・。

そこでキューンの怪しい顔(失礼)を信じて今回はキューンを選択した。

(というかジャズにはまったらSPEAK LIKE A CHILDはどうせいつか買う気がした。)


さっそく家に帰って聴いてみる。

・・・・・

・・・・・イイ!!イイね! 

Yesterday's Gardeiansが特に気に入った。カッコイイ。甘い曲が多いけど。

キューンのTRANSの方とも迷ったんだ、次回TRANSも購入しよう。

あとウエザーリポートも聴いてみたい。

ジャズにはまりそうな、そんな予感。

SPEAKLIKEACHILD


のだめカンタービレ

STEVE KUHN


その生物は世界でもっとも弱く、そして強い。

最も小さい生物でありながら、硬い体と強靭な生命力をもつ。


その生物とは「蟻」である。


シムアントというゲームをご存知だろうか。

SFCのゲームで10数年前に発売された。


シムシリーズと言えば、市長となって町を作る「シムシティ」で有名だが、シムアントはシムシティとはまったく異なる性質をもつ。


プレイヤーはリーダーである「黄蟻」を操り、「黒蟻」を率いて見方を繁殖させ、

黒蟻の女王蟻を守りながら敵の「赤蟻」の女王蟻を倒すことが使命である。


黒蟻VS赤蟻という、ゲームの目的がシンプルである一方、

柔軟な発想の戦術、操作が求められる。


途中でクモに食べられたり、人間に踏まれたり

猫に襲われたり、自転車に轢かれたり・・・


蟻って・・・不憫!!

やっていると不思議といい気分になれる。

・・・俺って趣味悪いなぁ。

SIMANT



いよいよQueenのミュージカルが日本で公開!

ロックによるロックのためのミュージカル。


ブライアン・メイとロジャー・テイラーをスーパーバイザーに迎え、クイーンファンを裏切らない舞台に完成している。


僕はロンドンで2回見た。CDを何回も聴いているがあの日の興奮は数ヶ月たった今でもまだ残っている。

ティーンからお年寄り、スーツ姿からパンクスタイルまで誰もが興奮の渦に飲み込まれ、

一緒にWe Will Rock Youを歌った夜。忘れることができない。


公演は8月24日まで。まだチケットは余っているみたいだから、絶対にチャンス。

この機会を見逃してロンドンに見に行くか?いや、この機会を逃すべきではないだろう。


(右のBookmarkのリンクから公式HPに飛べます)