今回は本の紹介です。
感・想・文・FRAGILE
吉田修一の『初恋温泉』を読んだ。
『初恋温泉』は、表題作を含めた5つの短編集で、温泉を舞台とした男女の物語だ。
ひとつひとつの物語を読み終えた後に何とも言えない余韻が残る。
それは、まるで温泉につかった後のカラダの火照りのように、しばらく僕を包んで離さなかった。
表題作の「初恋温泉」と最後の「純情温泉」の感想を書きたいと思う。
いいとこだけを見せる関係の行き着いた場所。
第一篇「初恋温泉」は、初恋の女性と結婚し、仕事で成功をおさめ、思い描いていた理想の生活をようやく手にした中年男・重田光彦が、温泉旅行の前日に妻から離婚を切り出され、離婚の話を先延ばしにしたまま行った熱海の温泉宿で、自分が幸せと思い過ごしてきた日常の裏側にずっとあった妻の本当の気持ちを知る話だ。
小説内で“指先で上下左右にパネルを動かして遊ぶパズル”が光彦の思い描いている幸福像のメタファーとして使われる。
そのパズルは必ずどこかに空洞ができる構造のもので、光彦がようやく手にした思い描いていた幸せ(=完成したパズル)にもやはり空洞が出来る。
それは初恋の人であり、誰よりも自分の側に居てほしいはずの妻・彩子だった…
彩子の言葉が胸に響く。
「あなたって、いいときしか私に見せてくれないから…。調子が悪いときにこそ力になってあげたいのに、あなたは一人でやれるって言う。そして、もう私の手助けなんか必要なくなって初めて、私に見てくれって言うのよ…」
「幸せな時だけをいくらつないでも、幸せとは限らないのよ」
光彦にとっては、いいとこだけを見せる“関係”が日常になり、彩子の“気持ち”はないがしろにしてきてしまった。
関係は外見、気持ちは中身といえる。
外見ばかり気にしているうちに、中身はさきほどのパズルの様に空洞になっていた。
それは彩子の心が満たされないことを意味する。
彩子はサインを送っていたが、光彦は気付けなかった。
温泉で湯けむりのように立ちあがった本当の気持ちが彩子の口から光彦に伝えられたときには、もう手遅れだった。
なぜなら、彩子の気持ちは、二人の関係をもう必要としていないからだ。
二人の関係の中にもう彩子の気持ちはない。
夫婦という関係の中身はもう空洞なのだ。
信じたいけど信じられない。信じられないけど信じたい。
高校生カップルの健二と真希が親に嘘をつき、初めて二人きりで一泊旅行に黒川の温泉宿へ出掛ける。
甘い夜を迎えるはずが、ある事情から浮気の話になり、浮気なんて絶対しないし一途であり続けると宣言する健二と、一途でありたいけど人の気持ちは変わるものと思ってしまう真希。
それぞれの気持ちのズレと初めて出会うことになる「純情温泉」。
「純情温泉」は、このブログでも何度か書いてきた男と女の気付きのタイムラグがモチーフになっている。
健二はまだ現実を知らない夢見る純情男。真希は姉夫婦の離婚間近の状況を肌身で感じているため現実に触れ始めている女。
「浮気なんて絶対にしない」という健二。
真希はそんな言葉を受けて、「女の子は、そういう幻想は中学で卒業するのよ」と大人びたことを言う。
真希も健二の言葉を信じたい。信じたいけど、盲目的に信じることはできない。
先のことを考えると浮かんでくるのは、姉夫婦の結婚から離婚への心変わり。
人の心は、気持ちは変わってしまうものなんだということを健二より先に気付いてしまった。
気付いてしまっているけど、私たちは変わらないと思いたいし、信じたい。
けど、健二のように純情ではもういられない。
男と女の気付きのタイムラグに関するセリフにこんなものがある。
「男と女って、スタートからすれ違ってるの。…女のほうが誰かを一途に思いたい時期には、男のほうはサッカーに夢中だし、男がやっとそうなってくれたときには、女のほうが…」
男女の関係を続けることのむずかしさと男女の気持ちの変化を描いた4編を読んできて、最後にこの話を読むと、高校生カップルの恋愛が切なく愛おしく、かけがえなく感じる。
気持ちと関係が一致している健二。
だから、二人の関係がどんな状況になっても変わらないと信じられる。今の気持ちがずっと続くと思える。
真希は気持ちと関係の違いや変わりやすさに気付き始めている。
だから、真希は未来についての言葉を曖昧に濁す。
健二は未来についての言葉をはっきり口にする。
かつて健二的な時期にいたことがあるし、かつて真希的な時期にいたことがあるだけに、切なく愛おしく感じる。
今ここにある想いを大事にしたいと思わせてくれる素敵な話だ。
そのほかの3篇を“出会う”をキーワードに簡単に紹介すると、おしゃべりカップルが青森の温泉宿でふすま一枚で仕切られただけの隣の部屋の謎のカップルの存在によって沈黙の饒舌さと出会う「白雪温泉」。
妻を裏切り、夫を裏切りながら元同級生と不倫をしている男女が、不倫旅行先の京都の温泉宿で空虚な心に出会う「ためらいの湯」。
妻と来るはずだった温泉宿に、ある事情から一人きりで来ることになった男が、同じくひとりで来ていた女と出会う「風来温泉」がある。
温泉、それは非日常というほど遠くない日常と地続きの日常の裏側かもしれない。
日常の表側では沈んでいて見えないものも、日常の裏側では浮かび上がって見えてくる。
日常の表側で抱えているものを連れ込んで、日常の裏側である温泉にやってくる来る人々。
温泉に行き、お湯につかり、湯けむりに包まれていると、身も心もほぐされ、素直な気持ちになっていく。
それは温泉の効能の一つだろう。
『初恋温泉』の登場人物たちは、温泉宿で、自分の、相手の、本当の気持ちと出会う。
出会った気持ちをどう受け止めて、登場人物たちは日常の表側へと戻るのだろう。
※作品に出てくる温泉はどれも実在している温泉です。読んだ後にネットで検索してみて、読み返すとまた違った読み方が出来て楽しいですよ。



