曲聴けます。
東京
作詞・作曲:桜井和寿
東京を象徴しているロボットみたいなビルの街
目一杯 精一杯の
働く人で今日もごった返してる
信号待ち。足を止めて誰かが口笛を吹いてる
とぎれとぎれの旋律だけど
なぜかしら 少しだけ癒されてる
描いた夢
それを追い続けたって 所詮
たどり着けるのはひとにぎりの人だけだと知ってる
「それならば何のために頑張ってる?」
とか言いながら分かってる
この街に大切な人がいる
東京は後戻りしない
老いてく者を置き去りにして
目一杯 手一杯の
目新しいモノを抱え込んでく
思い出がいっぱい詰まった景色だって また
破壊されるから 出来るだけ執着しないようにしてる
それでも匂いと共に記憶してる
遺伝子に刻み込まれてく
この胸に大切な場所がある
バイパスに架かる歩道橋からよく見える
ベランダに咲いた彩とりどりの花
甘い匂いがこの胸にあふれ出す
あの人に手紙でも書こうかなぁ?
描いた夢
理想を追い続けたって 多分
ものにできるのはひとにぎりの人だけど
あと少し頑張ってみようかな
それでもいつか可能性が消える日が来ても
大切な人はいる
思い出がいっぱい詰まった景色だって また
破壊されるから 出来るだけ執着しないようにしてる
それでも匂いと共に記憶してる
遺伝子に刻み込まれてく
この街に大切な場所がある
この街に大切な人がいる
- SUPERMARKET FANTASY/Mr.Children
場所 感・想・文・FRAGILE
場所はなんだか身体に似ている。
場所も身体も普段、意識しているようでほとんどしていない気がする。
意識できない部分がほとんどで、微妙な変化には気付きにくい、たいていは問題が起きてから場所にしても身体にしても意識する。
とはいいながらも、なんとなく違和感は感じていたりする。
場所も身体も「ここ」と「むこう」が重要な気がする。
場所を「ここ」と「むこう」といったようにわけることによって、人は進化してきたといえないだろうか。
「むこう」という理想を「ここ」という現実につくるために身体を使ってきた。
言いかえれば、「ここ」から「むこう」に人は行こうとする。
人は大人になると「むこう」を見なくなり、「ここ」ばかりを見るようになる。
それは、自分の場所や身体に規定されることであり、自分を固定することと言える。
自分の場所・身体は広がらなくなり、自分の「ここ」に閉じはじめる。
閉じることは、自分の場所・身体を延長することを阻害する。
人は自分を延長すること、他人を自分の一部にすることで、自分のことのように喜び、痛むことが出来る。
関係ないとしていたものを、同じ場所・同じ時の中で共に生きることで、自分の中に取りこみ、自分の世界を豊かにする。
それは大切にしているモノでも同じだ。愛着のあるモノであれば、それを壊されたり、失くされたり、傷つけられれば、誰でも傷つくし悲しむ。
もともとは関係なかったモノだとしても、いつのまにか自分の身体の一部のようになっている。
本来、人はどこにでも自分を延長できる。
繋がりを見つけ出すことが出来る。
しかし、自分を閉じてしまえばそれは不可能になる。
新しい関係を見つけ出すことはできなくなり、いつもの回路でしか物事を考えられなくなり、捉えられなくなる。
自分の視野の狭さにも気づかなくなっていく。自分の「ここ」を守ることばかりになっていく。
自分の荒唐無稽な観念や理想を押しつけてしまう。自分の中に他人がいなくなることは社会性を失わせ危険になる。
いつのまにか場所はどこも同じ顔になり、人と人は離れ離れになり、自分の身体との繋がりさえも希薄になり、生への現実感も薄れていった。
場所や人との関係を失ってしまえば、自分に閉じこもり、極端な形で自分と世界の繋がりを持とうとする。
そうならないためにも、変化に敏感でありたい。違いに敏感でありたい。
知らないということを知っていたい。謙虚でありたい。
自分を固定しないでいたい。閉じないでいたい。
場所も身体も人も常に変化しているし、何かと繋がりたがっている。
そのことに敏感でありたい。
「ここ」と「むこう」を繋げられる人でありたい。
違いの中に何らかの同じを見つけられるそんな人でありたい。
それを可能にしてくれるのは、大切な場所、大切な人が心に存在するからだ。
どんな場所にいようとも失ってはいけないものを、人は身体で感じ取っているはずだ。
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