箒星


詞・曲:桜井和寿



寝れない日が続いて かすれた僕の声が

はしゃいでる君の気持ちを曇らせた

「別にそれほど疲れていやしない」

なるたけ優しい言葉 慌てて探してみる


君は知ってんだろう? 僕の大風呂敷を

今 そいつで未来を盗むから さぁ手伝って


古い遊園地の観覧車から見慣れた街見下ろし

ほら 今日までの僕らに 小さくエールでも贈ろうか

目を瞑っても消えない光 君の心に見つけた

すぅーっと 優しく淡く弧を描いて 頬を撫でてく「箒星」


教えない 知り過ぎてるから教えない

口に出すと悲しみは 次の悲しみを生むだろう

知りたい それでもまだまだ知りたい

積まれた理屈を越えて その理屈を越えて


最近ストレッチを怠ってるからかなぁ?

上手く開けないんだ、心が。ぎこちなくて


でもね僕らは未来の担い手 人の形した光

暗闇と戯れ合って眩しく煌めく「箒星」

心配事ばっかり見つけないで 慌てないで探してこう

いつか必ず叶うって決め込んで路頭に迷った祈り


目を瞑っても消えない光 夜空に託した祈り

今日もどこかで光ってる 誰の目にも触れない場所で

悪いことばっかり見つけないで 僕ら一緒に探そう

ずっと優しく淡く弧を描いて 夜を撫でてく「箒星」

光り続ける「箒星」






箒星 /Mr.Children



人の形した光  感・想・文・FRAGILE


箒星とは彗星のことです。

彗星は太陽の周りを公転している小天体で、雪だるまみたいな氷の塊(箒でいえば掃く部分)。

それが太陽に近づき、太陽風をうけることで、氷の一部が解けます。

解けて噴出したガスや塵が、彗星のしっぽ(箒の柄の部分)になり、その全体の形状から「箒星」と呼ばれています。


また、太陽によって解けて噴出した無数の塵。彗星のしっぽ部分が、地球の大気圏に突入し、発光する現象が流れ星です。




夜空を見上げて、光り輝く星や流れる星を見つけたら、なんだか心がすっと軽くなるときがあります。


心がすっと軽くなるというと、涙を流すということも似ている気がします。


涙を流せるときは、おそらく前を向きたい想いが芽生えているからではないでしょうか。

過去との決別とか、前向きな諦めをすることで前へ進みだそうとする想いが心に芽生えることで、涙を流せるような気もするのです。


本当に悲しみに暮れているときは、涙は出ないんじゃないか。感情というものも消えてしまうのではないか。そんな気がします。


悲しみから立ち直る時、希望を必要とします。暗闇から抜け出す時、人は光を必要とします。


光を見つけることで、人はそこに希望を見出す。可能性を見出す。

光に願い祈り、光に勇気づけられ、光に照らされ、光に導かれ、光に向かって歩き出す。


光には力がある。その光は人だったりする。

当たり前に側にいる人だったりする。


いつもと違う場所から、視点から、見慣れた景色を見てみると、今まで見えてなかったものに気付くことがあります。

彗星のように現れたという表現を使いますが、突如として出現するものなんてありません。

日々の努力があるし、日々の暮らしが当然あるわけです。


突如として現れたと思うのは、すれ違っていても気づいていなかった。気づいていなかったから、見えてなかったという事だと思います。

日常の中であるのに見えてないとか気づいてないとか、知らないことはたくさんあります。


だからこそ、自分が変わることで見える景色は変わります。自分が変わることで周りの物事、人との関係は変わるものです。



見えていなかったものに気付くことは、背景だったものが目の前に現れることで、それは当たり前が当たり前じゃなくなる。つまり、輝きだすことと似ています。

濁った空では、輝いている星も見えません。


澄んだ空なら、そこにあるものを見ることが出来ます。そこにあるものに気付くことが出来ます。


嫌なとこばかりを探して見ていれば、心は濁り、見えるはずのものも見えなくさせてしまう。


目の前の光に気づける澄んだ心を忘れずに持っていたいものです。


そして、光のように人を照らし、勇気づけられる人でありたいものです。


それはたったひとりの心だけだとしてもすごいことだなと思うのです。


この「箒星」という作品は、夜空の星のことであり、涙のことであり、希望の光のことなのではないでしょうか。



「心をすっと軽くしてくれて、前へ向かわせてくれる光。」


それは「人の形をした光」である僕たちのことなのだと桜井さんは言っているように思いました。


終わります。







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彗星


歌:Salyu 詞・曲:小林武史 



彗星は見たこともないけれど 大人になって見れる訳じゃない

約束はそこにはない


無数に延びる 放射状の光り

不確かなもの なぞるようなこの街で


あの日離れてしまったのは今も

大切な記憶 それと足跡さ


あの手のひらから 何かが伝わった

それがどうかしたようにどこかへ消えていった



彗星は見たこともないけれど にじんでゆく光のグラデーション

あの時焼き付いてしまった

夕暮れの紫の空のように 瞬きしたらすぐに変わってく

君がずっと好きだった



手には取れないものが夢の中にある

数えきれないほど 見逃していた瞬間


空に言い訳をしても変わらないだろう

弱い自分なら 始めに分かりたい


あの手のひらから 何かが伝わった

それがふっとしたときに思い出せそうになる


眠れない夜が過ぎ 朝がきて 澄んだ空気を吸い込んだ後で

こころの瞳あけるよ



君の手を ゆっくりと握りしめ

咲かないで つぼみなら気を付けて 見守っていただけさ


言わないでいたけれど 涙でも滲んでいた 別れはグラデーション

星は幾つも流れた 孤独と引き換えにでも また明日を探せるだろう




空ヲ想ウ fragile editor-彗星



何かが伝わった瞬間  ・想・・FRAGILE



心の中で「あっ!」って感じで、なんだかうまく言葉には出来ないんだけど、大切な「何か」をふと感じる瞬間がある。

たいていは、その「何か」が当たり前みたいになっていって深く考えてみたりすることもないまま時間が過ぎていく。

というか、たぶんその「何か」は掴まえられない。流れ星みたいにあっという間に消えてしまう光に似ている。


そんな瞬間を味わったことを人は忘れない。忘れないけど、言葉に置き換えられず、目印のないままの「何か」は、時間とともにますます曖昧色になり、戻ることが出来ない懐かしい場所のようになっていき、思い出そうとして記憶の中の引き出しにあるものを手当たり次第に漁ってみても見つからなくなる。

探そうとしなくなったとき、どこからともなく聴こえてきた曲、耳に飛び込んできた言葉、つまづいて転んだ場所から見た景色なんかが、忘れかけていたあの頃の「何か」をフワ~ッと連れてきてくれることがある。

連れてきてはくれるけど、思い出すというところまでは、あと一歩行かない。

はっきりと「何か」を思い出せるわけではなくて、その「何か」を感じた時のその瞬間の景色や匂い、聴こえていた音、話していた言葉、そんな五感を刺激していた場面要素が断片的に再現されるような錯覚に陥る。

その、あと一歩感というか、はっきりとしない感覚が妙にリアルで切なくさせて、夕暮れの空なんかを一人見上げたくなる。


そんな曲として、この「彗星」を紹介した。



人は感情とか気分とかいう得体のしれない「何か」を抱え生きていて、それは色の明度とか彩度とかの加減で無数の色ができるように刻一刻と変化していく。


その時にしかない周囲の文脈、自分を取り巻くあらゆる構成要素によって、感情や気分みたいな「何か」が生まれるんだとするならば、今しか味わえない色みたいな「何か」であふれているんだなぁと思ったりする。


二度と再現できないとわかっていても、もう一度と人は思ってしまう。

取り戻すことはできなくても、あるきっかけで「何か」に近付くことによって、明日を探そうと思える。

そんな大切な「何か」が心の中に存在し、記憶の中に焼き付いているから、僕らは「繋がり」あうことが出来るのではないだろうか。



彗星/Salyu
merkmal /Salyu







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曲聴けます。


 -Memento-Mori-


詞・曲:桜井和寿



ため息色した 通い慣れた道

人混みの中へ 吸い込まれてく

消えてった小さな夢をなんとなくね 数えて


同年代の友人達が家族を築いてく

人生観は様々 そう誰もが知ってる

悲しみをまた優しさに変えながら 生きてく



けないように れないように

ってになろう 

ふと自分迷うときは を集めて に放つよ



恋愛観や感情論で 愛は語れない

この想いが消えぬように そっと祈るだけ

甘えぬように 寄り添うように 孤独を分け合うように



等身大自分だって きっと愛せるから

最大限夢描くよ たとえ無謀だと他人が笑ってもいいや


やがてすべてが散り行く運命であっても

わかってるんだよ 多少リスクを背負っても

にしたい 愛 愛



けないように れないように 

ってになろう

ふと自分迷うときは を集めてに放つよ


の中に永遠なるかそう







メメント・モリ  ・FRAGILE



メメント・モリとは、「死を忘れるな」「死を想え」という意味のラテン語。


人は死と隣り合わせの存在。死が前提の存在。死ぬ確率が100%の存在。


それでも普段「死」を忘れて生きている。人は嫌なこと、怖いこと、不安なことを忘れたい。

それらを遠ざけて見えないようにしたい。


とはいえ、人はいやらしいとこがあり、見たくないといって視界を手のひらで覆い隠しながらも、わずかな指の隙間から覗き見ようとする。

たとえば、ドラマチックな死を扱った映画。大切な人が死ぬ泣ける映画がヒットする。

俗にいうところの死のオチ映画だ。


日常の中に潜んでいる死は、もっと静かだと思う。

ドラマチックなんかじゃないことのほうが普通だ。

だから怖いんじゃないだろうか?


ドラマチックにしたてないと、受け入れられないんじゃないだろうか?


そんなことを考えてしまうほどに、現代の社会は自然にあるものを遠ざけることで成り立っている。



現実感とは、繰り返しが起こす現象のように思う。

つまり、自然に起こることから人が遠ざかるような生活を送っていれば、自然に起きることに対しての現実感は起きにくい。


誰かのつくったドラマチックな世界にしか現実感を感じないのだとすれば、それはやはりおかしい。

だけど、それをおかしいといっていても何も始まらない。


メメント・モリ…死を忘れるな…


僕なりに今の社会を鑑みて言い替えるならば、



見えるモノばかりに振り回されるな。見えにくいモノ、見えないモノを忘れるな。


そんなところだろうか。









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