箱根駅伝の非情さが好きだ
腰の調子が悪くずっとリハビリに通っているが、私の担当の理学療法士はH大陸上競技部の出身で、スポーツにそれほど詳しくない私にその時々のスポーツについて解説してくれる。
去年の暮れは話題が箱根駅伝で、いろいろ教えてもらっているうちに、すっかり箱根駅伝のファンになってしまった。
東京・大手町から箱根・芦ノ湖の往復約220キロを、2日間にわたって10人で駆け抜けるという競技には、競技それ自体が持つ過酷さはもちろんだが、競技を取り巻く諸事情がかもし出す「非情さ」がある。
その非情に思いを馳せるとき、言いようがなく胸がワクワクする。このワクワク感を、人はロマンと呼ぶのではないだろうか。
芦ノ湖到着までの往路で1日目は終わり、翌朝に復路がスタートするが、選手は1日目のタイム差順に順次スタートしていく。1日目に1着から1分30秒後に2着したなら、2日目は1着校のスタート後1分30秒後に2着校がスタートするという具合である。
しかし1着のスタート後10分を超えたものに関しては、タイム差をつけずに同時スタートとなる。
これは大学間の着順や着タイム差をまったく無視するもので、それまでの駆け引きをフイにしてしまう。しかし着タイム差そのものはなくなるわけではなく、全校のゴール後にあらためて精算されるから、復路の着順がそのまま最終結果になるわけではない。だから最終的な順位は、あくまで全校のゴール後でないとわからないのだ。
同じことは最終10区のスタートに関しても言える。
1位校の10区スタートから20分を経過すると、9区選手の到着に関係なく、10区選手の強制スタートとなる。
交通規制の関係で、大会を定時に終わらせるための措置だが、その結果「タスキがつながらない」大学が出てくる。
220キロを10人の走者のタスキでつなげることが、駅伝競走の最大目的だが、その最大目的がかなわない大学が出てくるのだ(今年はそれが神奈川大学であった)。
5区と6区は標高差700メートルの山道の上り下りだが、ここは平地での成績が通用しないという。
平地で好タイムの選手でも、山道になるとからきしという場合が多々ある。
だから作戦上、平地でコンスタントに好タイムを出せる選手は平地に優先的に使って、どの大学も山道は実力のよくわからない1年生がギャンブル的に当てられることが多い。
そこで好タイムなら山ばかり走ることになり、今年の順大今井のように「山の達人」と呼ばれるまでになるが(今井の平地でのタイムはそれほどでもないらしい)、もし失敗すれば東洋大のように、1区間で2位から10位まで成績を落としてしまうようなことにもなる。
だから5区と6区は、どの大学もかなりのリスクを背負っているのだ(つづく)。
あけましておめでとうございます
あけましておめでとうございます。
私の保護観察も折り返し点を過ぎました。
生活も犯罪とは無縁、かつ安定しているので、今年もつつがなく、平穏に、時間が過ぎていってほしいと思っています。
大晦日に思ったことは、やはりあの紅白、DJ OZMAの演出ですね。
裸のボディースーツなら、着ても着なくても一緒。
あんなものは演出とは呼べません。
OZMAも脱ぐといって脱がなかったし、それでもいつでもカメラをはずせるように構えていたのがご愛嬌でしょうか。
その後テレビをつけたままウトウトしていたら、宮崎哲弥の「外へ出ろってなんだよ!」「共産党!」という怒鳴り声で目が覚めました。
見かねた田原総一郎に、「おい。品のなさを見せ付けてるぞ」とたしなめられると、「そうだよ! 共産党!」とさらに怒鳴る始末で、大人げない…。
それでは、本年もよろしくお願いいたします。