ゾンビ愛 -2ページ目

ゾンビ愛

ゾンビ愛、それはゾンビへの愛。

腐りながらもがんばる君に、

撃たれてもめげない君に、

不器用だけどまっすぐな君に贈る、愛の詩。

時計じかけのオレンジ
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「時計仕掛けのオレンジ」
スタンリー・キューブリック監督。
gyaoで見た。

http://www.gyao.jp/sityou/catedetail/contents_id/cnt0083888/


(ちなみに、ギャオはyahooに買収されたそうです。
http://mainichi.jp/life/electronics/news/20090409ddm008020039000c.html
今後のネット動画サービスの行方が気になるところ。)

中学生のとき見て、相当衝撃を受けた。
10年以上たって見たけど、やっぱりすごい。
でも感じ方は、ちょっと違うかな。
中学生当時は、とにかくレイプシーンが強烈だった。
でも最近見たら、寓話として描かれていることに気づいた。

というのは、人間の憎悪、嫉妬、悪徳、名誉、権威、偽善というものを、かなり分かりやすい形で、役柄に投影して描写している。いわゆるステレオ・タイプな人物ばかりが登場する。
その中で、主人公の悪は異彩を放っている。そしてセクシーだ。
そのセクシーさというのがどこからくるのかっていうのは、永遠のテーマだと思うんだけど、
一つには、他のキャラが、他動的、あるいは受動的に悪徳に身を染めていく、あるいは染まっているのだけれども、主人公は自律的に行動している(ように感じる)点にあると思う。

自律的というのは少し大げさかもしれないけれど、とにかく、主人公の行動には、いわゆる〈動機〉というか、〈理由〉といったものが、完全に欠如している。そして、それ故に、彼の悪行は、確信に満ちていて、揺るぎがない。

破壊的な映画だ。











「スパイダー・パニック」
エロリー・エルカイェム監督
(ブックオフでDVDが500円で売ってたから買っちゃった)
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説明はもういいでしょう。
ストーリーは想像したとおりです。
ウェルメイドのB級パニック・ホラー(コメディー有)。
「スターシップ・トゥルーパー」が好きな人は、きっと楽しめるでしょ。
良くも悪くも期待を裏切らない展開、安心してみれます。
そして、B級ファンを喜ばせるような細かい演出がいい。

ちなみにこの監督は、「バタリアン」の4と5を作った監督でもある。
5は、学園ゾンビもの。
スプラッター有。
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4はまだ見ていない。


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僕のゾンビデビューは「バタリアン」。
少年のころ、テレビで見て相当びびったのをよく記憶している。(あと裸のネエチャンもね。)

ストーリーは下記参照。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B3


フレディ(元不良)が入った医療会社の先輩、フランク(おっさん)が有頂天からどん底へたたき落とされる、その落胆っぷりは必見。


社長に、ゾンビを殺すように命じられて、つるはしを渡されたときのフランクのビビリっぷりときたら・・・ジェームズ・カレンの迷演に、脱帽!


原題は、"The Return of the Living Dead"。
この"the Living Dead"を直訳すれば、「生きながらえる死者たち」となるが、この矛盾した状態への変化を詳細に描写したとしたという意味で、本作は秀逸な作品といえる。


生きた人間が「生きながらえる死者」へ変化するということは、逆に言えば、「生きたまま死ぬ」ということ。
トライオキシンを吸った、フレディとフランクは、徐々にゾンビ化していくわけなんだけど、その過程で〈死の実況解説〉をするんだよね。


つまり、吐き気と頭痛と寒気という死の徴候を訴え、死後硬直の痛みで唸りを上げる。(このとき単純に、死って痛くてつらいんだなって思ったね)


そして、駆けつけた救急隊員が二人に聴診器をあて、体温を測って言ったひとこと。


「理論的には死んでいる」


「ケンシロウかよ!!」って突っ込みたくなるのをぐっとこらえて、社会的な分析を企ててみる。(←そんな必要ねえかもよ。)


でもまあ、とりあえず。


昨今、延命医療の技術の発達により生じた、脳死という状態が死に属するのか生に属するのかということが、倫理的問題として物議を醸している。(脳死については、 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B3%E6%AD%BB  )


脳死とは、簡単に言えば、脳の機能が停止し、延命装置をつけたままならば細胞レベルで生き続けるが、延命装置をはずせばじきに死後硬直・腐敗が始まる状態のこと。


ここでのポイントは、延命医療という人為的処置の前提があって初めて〈脳死〉という状況がありえるということ。そもそも自然死には〈脳死〉という状態はありえない。


つまり、延命医療が発達する過程で(1950年代ごろ)、従来の生でも死でもないようなグレイなゾーンが生じてきて、その状態を「脳死」と定義したということになる。


言い換えれば、「脳死」は理論的にのみ、判定されうるものなのだ。

では、なぜ人間は「脳死」を定義し、判定する必要があるのかといえば、それは臓器移植を迅速かつ合法的に行いたいからだ。


つまり、脳死が死と認定されれば、新鮮な臓器をほしいままにできるのだ。
ここに、法的に判定される死(つまり脳死)と生物細胞レベルの死(臓器はまだ生きている)の間に奇妙なタイムラグが生じることになる。


この奇妙なタイムラグこそ、まさに状態としてはまったく逆だけど"the Living Dead"と相通ずるものがある。(後者は、体が死んで意識はそのまま。)


つまり、ゾンビってのは「死」のメタファーであり、パロディーであり、ブラックユーモアなんだよね。

「バタリアン」では、死を理論的に判定した救急隊員がゾンビに喰われ、ゾンビと化する。そこから「人間よ、科学技術に過信することなかれ」なんて説教くさい教訓を引き出したいわけではありません。(そもそも、バタリアンにそんなテーマ性ないでしょ。いや、なくもないか。いやいや、考えすぎでしょ)


ただ、僕が言いたいのは、ゾンビたちが救急隊員にする強烈なタックルは必見!!ということ。

やっぱ、バタリアンのゾンビが最強でしょ!