3月11日なので、ちょっと書いておこうかと・・・
生姜に期待した方々にはごめんなさいします(;´Д`)
震災から半年したころに、なんとなく見ておかなきゃいけないような衝動に駆られて南相馬を見に行ってきたのです。
行く前はといえば、『テレビで順調に復興』とか言ってたので、写真をいっぱい取って記念と記憶にしよう!くらいの気持ちだったのですが・・・
目的だった‟海の近くのスケルトンになった消防署跡”に近付くほど、空気があからさまに重くなっていき、窓から見える景色がどんどんと荒れたものに変わっていく・・・
それでも家は建っていたし、早朝でも数えるほどではあったのだけれど、人とすれ違うこともあった。
その先の光景は想像ついていたのだけれど、『まだ家あんじゃん!』とか言って、そのイメージを直視しない自分がいた。
心が脳を否定したのだ。
正常性バイアスとはこうゆうことなのだろう。
そんな心のささやかな抵抗もむなしく、その光景は訪れた。
人を見かけたところから200mも走らないうちに、辺りには何もなくなった。
ただ、かれかけた雑草とヒビだらけになった道路だったものがあった。
あれはどうゆう感情だったのだろう。
怒りでも 悲しみでも 虚しさでも 諦めでも 恐怖でも 驚きでも 嫌悪でも 罪悪感でも
無念でも せつなさでも 苦しみでもなかった。
だが、その全てでもあった。
車を進ませるにつれて酷くなる光景に、ハンドルを握る手は震えた。
胃が締め付けられるように痛み、先の感情も相混じって涙が出た。
堤防の際で車を停め、堤防に上って周辺を見まわした。
霞む先には第一原発らしき建物。
まさか6年経つ今でもアンコントロールの厄災になるとは、このときはそんなに思ってなかった。
来た方向を見ると、先ほど人と会ったところまでざっと3㎞。
そこまではただ雑草の草原、ところどころ車‟だったもの”、ガードレール‟だったもの”、
お墓‟だったもの”などが点在しているだけ。
片手にカメラは持っていたが、ファインダーを向けていい光景はほとんど見当たらない状況だった。
・・・いつの間にか村上春樹の影響を感じさせる物語調になってしまったので、このへんで(;'∀')
年に一回、こうゆう時くらい防災を見直してはいかがでしょうか?
期限切れ直前のカンパン(*´Д`)オイシィ
次回こそ生姜で!
見捨てんといて(;´Д`)
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