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八百万の神達に会う

神社参拝の備忘録

鳳来山東照宮


前回の松平東照宮をあとにして、国道301号線を走ること約1時間半。


参道入り口に到着。鳳来寺山となっているが、神社名は鳳来山なんだよねー。

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神社が山の上にあるということは・・・・・・・













そう階段なのです。




しかも、




















1425段!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
















どんだけーーーーーーっ!





Keiさんのブログで紹介されていた久能山東照宮でさえ、1159段だというのに・・・・。









登れるだろうか・・・・・・・




















なんてネ。
そんなことは百も承知で来ています^^

当然山頂にある駐車場までまっしぐら。

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ここは鳳来寺というお寺があるので、

参道も修行僧のためのものだよね、きっと。石段の途中に仁王門もあるし。


ただ、リュックを背負って参拝している人もいたので、

きっとこの石段を登ってきたんだろうなーっと思うと、頭が下がります。



駐車場から歩くこと数分。参道という雰囲気じゃないですね。
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景色が開けたので、とりあえず撮ってみた。高い所は気持ちいい~です。

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看板があったので、しばし眺めてみた。
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石段を登ると60分となっているが、たぶん無理(私の場合ですけどね)。


現在地からはもうすぐです^^。




社号標もえらいこじんまりとしたものでした。

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ちょっとした階段を登って拝殿へ。

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日本三大東照宮のひとつとなっているが、日光や久能山と比べると(どっちも行ってないんだけどネ)

その豪華絢爛さは格段に落ちるよね~。





拝殿横の囲いの中に入って、本殿のほうへ行けるようになっている。

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本殿ですが、撮る位置がイマイチでした。
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拝殿を裏から見たところです。

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色々と彩色されているけど、重厚さがないというかイマイチ感動しない。

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お寺の本堂に行く道の脇にあったなんともユーモラスな狛犬(?)。

初代のものなのかな~???

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以前から気になっていた神社なので、参拝できて良かったです。




さて、次回は私の好きな神社第4位の神社を再度紹介します。

松平東照宮



今回と次回は愛知県にある東照宮2連発です。


まず最初は、豊田市にある松平東照宮。
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「熱田北条」さまが、以前記事にしてましたので、ちょっと寄ってみました。

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徳川家のルーツ松平家の歴史に触れることができる松平郷。

松平家の菩提寺・高月院、松平家と徳川家ゆかりの品々が

展示されている松平郷館などがあります。

遊歩道もあって、歴史を感じながらゆっくり史跡巡りをするのもいいかも。

境内はさほど広くはないです。



手水鉢を支えてくれているのは誰???

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左手に社務所があり、年配の神職さんがひとりだけいらっしゃいました。

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拝殿はこんな感じです。
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徳川家ならではの、葵のご紋の彫刻もありました。

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振り返るとこんな様子です。

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流造りの本殿。意外と小さいんだー。

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さて、境内右手にある産湯の井戸へ。
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この奥です。
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ありましたありました。

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井戸???

建物の屋根だけがあるように見えるけど・・・・

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さてと、戻るとするか。

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お堀があって、お城のような造りです。


あまりゆっくりできないので、神社だけしか見れなかったのが残念。
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松平郷をあとにして、次の東照宮へ。

三重県護国神社


最近「神主見習いのご祈祷帳」さんが記事にしていましたので、

ちょっとと思ったのですが、私の都合でアップしちゃいましたー!!

ちょうど三重県庁に用事があったので、参拝してきました。

県庁からすぐの所にあるんですよ。

鳥居の前はすぐ道路です。

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さほど広くはないが、愛知県護国神社よりは大きい。

私の中では護国神社には芝生がつき物ってイメージなんですが、

愛知県同様ここもないですね。



三重県出身者60300余柱を祀っているとの事。


鳥居をくぐってすぐ横にある予科練の桜と書かれた碑

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『なーーなーつボータンの予科練のー』って曲がありましたよね、ここまでしか記憶にないけど。



御創祀は明治2年、津藩主の藤堂高猷公が津八幡宮
に小祠を建て、戊辰の役で戦死した藩士の霊を祀り、
「表忠社」と称したのが始まりだそうです。

以来「招魂社」「官祭招魂社」と社名を変え、
明治42年には現在地に御遷座し、昭和14年に「三重県護国神社」となる。

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なんか変わった容姿の狛犬。

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阿!





吽!
(-_ゞゴシゴシ
??????????????

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こっちも阿じゃん!!






拝殿から振り返るとこんな感じです。

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<歩兵第51聯隊慰霊碑>(昭和51年建立)

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左<歩兵第133聯隊慰霊碑>(昭和51年建立)
右<第151聯隊慰霊碑>(昭和55年建立)
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昭和20年の空襲で本殿・神饌所を残し建物を焼失、

また戦後の連合国による占領下においては「三重神社」

と改称しなければならない時期もありました。

昭和28年、日本の独立を期に再び「三重県護国神社」とし、

同32年には、本殿等を新たに御造営復興し、その後数度の改築・新築を行い現在に至っています。