ヴァージニア・ウルフの小説「オーランド」を演出家・栗山民也の原案、詩人・岩切正一郎の翻案で舞台化。主役オーランドを演じるのは宮沢りえ。

 

16世紀に生きる美少年の貴族オーランドはエリザベス女王の寵愛を受け出世する。女王の死後、ロシアの女性に恋をするも大失恋し、さらに自作の詩を詩人のニックに酷評され、やたら押しの強いルーマニア皇女にも嫌気がさしたオーランドは、外交官としてイスタンブールに滞在することになる。そこで突如として女性へと変化したオーランドは……。

 

線が細く快活な少年として颯爽とステージに登場してから、最後までほぼ出ずっぱりの宮沢りえの熱演が光る。共演の俳優たち(いずれも男性)は女性役を含む色々な役を演じる。全体的にとても観念的・抽象的な仕上がりになっていて、400年以上を生きるオーランドの人生と共に、人類の歴史そのものを俯瞰するような視点が感じられた。

 

400年の時間を少しずつだが確実に年を重ねながら生きているオーランド。老化が全く止まらないというのがおそらく重要で、リアルな400年の時間と、オーランドという人間の時間は、進み方のスピードが違うだけで同時に進行している。こういった物語だと不老不死の登場人物が据えられることが多く、そういった人物は往々にして時間に取り残されているという設定だが、オーランドは違う。着実に一歩一歩人生を歩んでいる。

 

男性から女性に変化することによって、社会に対して新たな視点を得ることになるのだが、その部分の掘り下げはけっこうサラっとしている。男性が演じる女性キャラは総じてグロテスクだし、オーランドに関する対話でも「トランスジェンダー」という言葉を不用意に使って笑いを取っていたりして、やや引っかかった。また、女性に変化したからといってオーランドの言葉遣いが明らかに女性的になったりするのには強い違和感を覚えた。表面上はあまり変わらないというスタンスで演出した方がジェンダー的なテーマについてはよりクッキリと浮かび上がったのではないだろうか。

 

ただ、生きることへの葛藤や苦悩、「なぜ生きるのか」という問いへの考察など、人類の歴史と1人の人間の人生をオーバーラップさせて未来まで眼差した方向性はとても好きだった。出産については極めてアッサリと描いたのに、最終的に赤ん坊の人形を拾い上げるといういかにもステレオタイプな演出がきたのはやや残念だったが、オーランドが紡いだ詩と大きな樫の木を軸に、いくつかの言葉だけでも未来に繋げていくという直線的な世界観の構成は良かった。

 

不満を言うとすると、ずっと長台詞を言い続けているような感じだったので、ナレーションは必要なかった気がする。ナレーション部分だけ聞き逃してしまうというか、あそこまで言葉で埋め尽くすならすべて役者に言われてほしかった。生身の人間の言葉とナレーションだと、脳への入り方が違うんだよね。ラストの大胆な戦場映像の展開は好き嫌い分かれるだろうけれど、私としてはアリ。

 

山口つばさによる同名コミックの映画化。原作既読。

 

なんでも器用にこなす高校生・八虎は無為な日々を過ごしていた。ある日、美術部の先輩の作品を見たことにより絵画に興味を持ち、授業の課題の絵を描き上げる。そして、絵にのめりこんでいき芸大を目指すことになるのだが……。

 

作者自身が東京藝術大学出身ということで、非常にリアルに美術系受験生・大学生を描いている本作。今回の映画化は芸大受験とその結果まで。これはねえ、とても良い実写化だといえるのではないでしょうか!

 

まず、原作では美術の本質的な部分がけっこう理論的に説明されていて、それが魅力のひとつだったりするのだが、そういうシーンを映像演出に全振りしているがとても好き。特に、自分自身の表現を模索する八虎がバスの中で「絆」というものの考察をするシーンが秀逸で、とてもダイナミックに内的世界の表出というものを表現していて素晴らしかった。

 

ユカちゃんと深いコミュニケーションをとる場面も映像ならではのてんかいにしていたり、不良仲間の恋ヶ窪とのシーンをキルフェボンの店内にしていたりと、視覚的にザクっと入ってくるように工夫されている。その代わり、美術部のあれこれや予備校のあれこれといった細かい展開はざっくり省かれているなど、かなりメリハリが効いていて見やすく仕上がっている。

 

好きを追及して何が悪いんだという情熱と、才能ってなんなんだ?という答えのない苦悩という絶対的なコア部分をしっかりと固定して作劇しているので、ブレていない。八虎が初めて絵画を通して他者に伝えることができた瞬間の感動や、好きに忠実でいるだけで死ぬほどつらいというユカちゃんの苦しみなどが非常にビビッドに描かれている。言ってしまえば「絵を好きになった学生が芸大を受験する」というだけのストーリーなのに、心を揺さぶってくる瞬間が何度もある。とても優れた作品だと感じた。

 

そして、キャストが良い。八虎を演じる眞栄田郷敦はやや原作よりも暗いイメージではあるものの、無為の日々や何かを諦めているときの目の鈍い光と、絵に突き進む目の輝きとのコントラストの表現が見事。『エルピス』でも目の演技が上手いと思っていたが、本作ではその才能をいかんなく発揮している。

 

さらに素晴らしいのはユカちゃん役の高橋文哉。極めて難しい役どころだと思うが、不自然さが微塵もない完璧な出来。佇んでいるだけで一人の人物の中にある複雑さを十分に感じさせるという離れ業を達成していた。あと、作品そのものがユカちゃんというキャラクターに対してとても丁寧に向き合っていて、決してラベルづけしないという強い意志が貫かれている。

 

ついでにいうと、変に恋愛要素を入れたりも一切していない。キラキラ系の映画に見えるかもしれないが、中身はかなりストイックな作品で、徹底的に「好きなものに対するひたむきな努力」に向き合っているし、その過程では喜びよりもむしろ苦しみの割合の方が大きいという現実をガンガンつきつけてくる。

 

他のキャストも総じて素晴らしい。絵画や芸術に興味がある人はもちろん、そうでない人も観てほしい。何か月も絵画のトレーニングを積んだというメインキャストたちの本気は伊達じゃないよ。

 

 

 

 

少女の中にある感情たちの世界を描いて大ヒットした第一弾の続編。

 

ヨロコビ、カナシミ、イカリ、ビビリ、ムカムカは、優しく健康に育っているライリーを見守り続けていた。高校入学を目前に控えたアイスホッケーの試合でもライリーは大活躍!親友2人と共にホッケー強豪校のチームコーチから特別合宿に誘われる。そんな中、ヨロコビたちの前に新たな感情たち(シンパイ、イイナー、ダリィ、ハズカシ)が出現し……。

 

ちょっと引くくらい良くできていた1作目の続編、かつ世界的大ヒットを記録中ということで期待に胸を膨らませて鑑賞(吹替)。

 

思春期の複雑な感情のうねりをテクニカルに表現していたのはもちろん、敢えて恋愛要素を完全に抜くという潔さにより、絶妙なラインでウェットにより過ぎない良バランスを実現。最初から最後まで保たれるスピード感はそれこそアイスホッケーの試合のようで、あっという間に上映時間が過ぎ去っていった。

 

冷静に考えると「ダリィ以外の感情はもっと小さい年齢からあるのでは?」とか、「いくら何でもそのタイミングで違う高校に行くって打ち明けるってことはないだろう」とか、不自然な展開はそれなりにある。ただ、”感情がライリーに影響を与えても最終的に選択するのはライリー”という原則や、「ジブンラシサの花」という説得力のあるアイテムを投入することによって細かい雑音を蹴散らし、誰にでも当てはまる普遍的な物語を実現している。

 

ライリーの言動がけっこうダメな感じなところも良くて、思春期ってこういう自意識過剰による失敗したよねー!というリアリティがある。かつて思春期を経験した人も、まさにいま思春期を経験している人もガッツリ感情移入すること間違いなしだし、それでいてこれから思春期を迎える子どもだちにも難しすぎないというちょうどいい塩梅。本当に上手だよねえ。

 

結局のところヨロコビこそが全てにおいて一番重要であり、彼女こそがエンジンであるという真理は非常にアメリカ的ではあるので、もしかしたらそこに共感しにくいと思う人はいるかもしれない。引っかかるのはそれくらいかなあ。