ブロードウェイのレビュー「ジーグフェルド・フォリーズ」の大スターとなった実在のコメディエンヌ、ファニー・ブライスの半生を描いた伝記ミュージカル。1964年ブロードウェイで初演、その後に主演を務めたバーブラ・ストライサンドが同役のまま映画化。音楽ジュール・スタイン、歌詞ボブ・メリル、脚本イソベル・レナート。2022年にはハーヴェイ・ファイアスタインによる改訂台本、マイケル・メイヤー演出でブロードウェイ・リバイバル版が上演され、リア・ミシェルらの出演で大きな話題となった。今回の日本公演はこの新版のレプリカ版となっている。

 

ニューヨークの下町で育ったファニー・ブライスは、舞台女優を夢見る少女。美貌やスタイルには恵まれていなかったが、持ち前のユーモアと度胸で頭角を現し、大プロデューサー、フローレンツ・ジーグフェルドに見出される。やがて「ジーグフェルド・フォリーズ」の人気者となり、唯一無二のスターへと駆け上がっていく。一方、ファニーは魅力的なニック・アーンスティンと恋に落ち、結婚する。しかし、ファニーが成功を重ねるほど、仕事がうまくいかないニックとの間には溝が生まれていく。やがてニックは危険な取引に手を出し、二人の結婚生活は大きな転機を迎えることに……。

 

ファニー・ブライスを望海風斗、その夫となるニック・アーンスティンを坂本昌行が演じるほか、水田航生、高泉淳子、益岡徹、中尾ミエらが出演。

 

いやあもうねえ……素晴らしかった!これぞミュージカル!

 

古い作品だし、ニューヨークに行っていたときにもヒットしていたが「リア・ミシェルが出てるからでしょ」と舐めていた自分を殴りたい。幕が開いてすぐに、セットや衣裳のセンスに「おっ」となり、場面のつながりの無駄のなさに感心しつつ「演出は誰なんだろう」などと考えていたのだが、マイケル・メイヤーはじめブロードウェイのプランナーが来日して自ら手がけていたとはね。どうりで!日本でここまでのクオリティの華やかなミュージカルを観ることはなかなか難しいのではないかと思うほど、完璧なまでに光り輝いた舞台だった。

 

演出、振付、衣裳の素晴らしさに加え、主演の望海風斗の演技と歌唱が本当に、ほんっっっとうに良くて!よく考えたら私は彼女の舞台の大半を観てきているので立派なファンだと今さら気づいたのだが(遅い)、『神経衰弱ぎりぎりの女たち』同様に今回も三枚目のちょっとぶっとんだ女性を演じている。

 

望海風斗は美しくて凛としていてカッコよくてというイメージではあるものの、私としては今回のような三枚目の役柄の方が彼女の良さがさらに生きると思っている。なぜかというと、芝居が上手だから。歌が上手なミュージカル俳優はたくさんいるが、芝居が本当に上手いミュージカル俳優はそんなに多くはない。望海風斗はダントツで芝居が上手い。そして、おそらく本人自体もちょっと三枚目のキャラクターなんじゃないのかな。そんな気がする。

 

坂本昌行が演じるニックは胡散くささがあまりないので、ファニーによって息が詰まっていく様子に悲壮感を強く感じた。だからこそ、最後のファニーの言葉が切なくて……泣けたあ!『ファニーガール』でこんなに泣けるとは。

 

全体としてはガチャガチャした構成だし、古い価値観に基づいた展開も多い作品で、スターが主演することを前提とした大味のミュージカルだと思っていた。実際、ガチャガチャはしているしうるさいシーンも無理やりなシーンも多い。でも、全然破綻していないというか、ずっと集中して観ていられる作品に仕上がっていた。それはやはり、巧みな演出や振付によるところが大きいだろう。場面の繋がりをスムーズにして意識を途切れさせず、振付で見せるところは見せ、歌を聴かせるところは聞かせ、芝居で盛り上げるところは思いっきり芝居でぶつからせるといったメリハリが効きまくった構成は見事というほかない。それに加えて、「People」や「Don’t Rain on My Parade」といったキラーナンバーでこれ以上ないほどのパフォーマンスを披露するのだ。

 

身体の隅々にまでガンガン響きまくるミュージカル音楽の圧。ミュージカルを観て、ここまで多幸感に包まれたのは何年ぶりだろう。そうだった、私はこの感覚が忘れられなくてミュージカルが大好きになったんだったと、改めて原点に戻ることができたミュージカル鑑賞になった。日本でこれ以上に華やかで洗練されたミュージカルを観ることは滅多にできないので、観られるならば絶対に観てほしい。心の底からおすすめ。水田航生のタップの見せ場も一見の価値あり!

 

 

ラストレーター・ナガノによる人気漫画『ちいかわ』を原作とした初の劇場版アニメーション作品。原作の中でも特に人気の高い長編エピソード、通称「セイレーン編」を映画化したもので、原作者のナガノが脚本を手がけ、完全監修している。監督は及川啓、アニメーション制作はサイピク(CygamesPictures)。

 

ある日、広場でくつろいでいたちいかわとハチワレの前に、顔にチラシを貼り付けたうさぎが現れる。そのチラシは「特別な島」への招待状であり、簡単な討伐をするだけで通常の100倍の報酬がもらえ、さらに島限定のラーメンやスイーツなども楽しめるという、魅力的な内容であった。その誘いに惹かれたちいかわ、ハチワレ、うさぎたちは島合宿への参加を決める。話を怪しむラッコらとともに船に乗り、島へ向かった一行は、到着すると島民たちから盛大な歓迎を受ける。豊かな食べ物や楽しい時間に浮かれる一同だったが、やがてこの島が深刻な問題を抱えていることを知る。島には巨大な「セイレーン」が棲みついており、島民たちを次々と連れ去っていたのである。ちいかわたちは島民から事情を聞き、セイレーンを倒すための討伐計画に加わることになる。しかし、冒険を進めるにつれて、単純に「恐ろしい怪物を倒せばすべて解決する」という話ではないことが明らかになっていく……。

 

けっこう前だが観に行った。シールもらったよ。

 

【以下、ネタバレあり】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ストーリーとしては完全に大人向けで、罪と罰、憎しみの連鎖といった深淵なテーマへと突き進んでいく。主人公たちは第三者であり当事者ではないというのもポイントで、真実を知った人間がどうするかというところまで描かれているのがなかなかどうして、かなり広がりのあるテーマではないか。

 

島民を次々に食う展開や、人魚を撲殺して食べるシーンが克明に描かれていることにはギョッとしたが、このストーリーで描写を曖昧にするのも嘘っぽいし、これで正解なのだろう。小学校低学年くらいまでの子どもだと、あまりストーリーを理解できないかもしれないが、「かわいい」が充満している部分も満載なのでシンプルに楽しめるはず。

 

「戦争とはなにかを描いている」という感想も見かけた。セイレーンの立場から見た理屈と、犯人ふたりの立場から見た理屈はどちらも同じく「仕方ない」し、同じく「やりすぎ」だ。あの悲劇を避ける唯一のルートがあるとすれば、最初に事故が起きた時点でセイレーンに知らせることだったのだろう。そうすれば、もしかしたらセイレーンや人魚の血や鱗を分けてもらうことで一命をとりとめるといった解決策があったのかもしれない。もちろん、どうすることもできなかったかもしれないが、少なくとも無関係な島民の命まで犠牲になることはなかったわけで、対話の欠如が原因のひとつであるというのは間違いない。

 

ただ、だからといって対話が絶対に必要と短絡的に結論付けているわけでもないのが本作の周到なところだ。ちいかわは真実を知った後も無言を貫く。犯人たちにも、セイレーンにも何もいわずにただ「去る」。ちいかわが彼らの罪を暴いたところで何かが解決する段階はもうとっくに過ぎているし、下手すれば島民全員による二人に対する復讐を誘引するなど事態は悪化してしまうわけで。「敢えて対話を封印する」という手段も提示して見せて物語は幕を閉じる。すごいよねえ。

 

その他、一連の衝突や悲劇に触れないまま過ごすキャラクター、無秩序に事態をかき混ぜ続けるキャラクター、客観的に見ると極めて公平で寛容なジャッジを下すキャラクターなどなどが登場し、社会とは1本道の物語ではなく、多様なレイヤーと視点によって構成された複雑なものなのだということを俯瞰で見せる。わかりやすい伏線回収も含めて極めてクオリティの高い作劇で唸った。ハチワレかわいい。

 


A24製作のウェディング・ロマンス/ブラックコメディ。監督・脚本は『シック・オブ・マイセルフ』『ドリーム・シナリオ』で知られるノルウェー出身のクリストファー・ボルグリ。製作には『ミッドサマー』『ヘレディタリー/継承』の監督として知られるアリ・アスターも名を連ねる。 

 ボストンのカフェで運命的に出会ったチャーリーとエマは、結婚を間近に控え、誰もがうらやむような幸せな日々を送っていた。  結婚式まであと7日となったある夜、二人は付添人を務める親友夫婦と4人で食事をする。その席で、かつて親友夫婦が結婚前に行ったという「これまで自分がした最悪のことを告白する」というゲームを、チャーリーとエマも試してみることになる。  最初は結婚を控えたカップル同士の軽い余興にすぎなかった。しかし、そこでエマが明かした過去の「最悪の秘密」によって空気は一変し……。

【ネタバレします】








おしゃれでちょっとトボケたラブストーリーの体で始まりつつ、友人カップルとの暴露ゲームから一気に映画全体の空気が変わる。

【実際に行った】悪行と、【実際には行わなかった】悪行。こう書けば、前者の方が断然悪いだろうと誰もが思うわけだが、本作でも話題になるのは後者の内容そのもの。アメリカにおける銃乱射事件の意味が重要になってくる。

日本ではどの学校でも必ず避難訓練があるが、アメリカにもある。ただ、想定される危機が違う。アメリカで想定される最大の危機は【銃乱射事件】なのだ。セリフでも出てきたが、「(犯人を除いて)4人以上が射殺された事件」が年間500件とか600件とか起きている。これが現実。身近な恐怖度合いは凄まじいものがあるはずだ。

しかも、銃乱射事件については多くの人が理解不能。障がいのある子を閉じ込めることや、ネットでいじめをすることと違うところはそこにある。私なら閉じ込めないし、私ならいじめない。でも、理解不能な恐ろしさはない。なんとなく理由が見つけられる気がする。彼らがエマの告白にだけ異様な反応を見せたのはそこなんだと思う。

理解不能でクレイジーなのに、確実に身近に存在する恐怖。それはおそらく日本で「中学生の時に無差別に人を殺したくなった」というのとは全然違うリアルな脅威であり、厨二病なんていう言葉で片付けられる重みではないのだろう。

だから、チャーリーは執拗にエマに「理由」を聞く。でも、エマは上手く答えられず、チャーリーが聞きたい答えをくれない。だから、チャーリーは「エマは異常者だ」という印象から逃れられずに苦しむ。すごくリアルだと思ったし、なるほどねえと設定に感心した。

心理スリラーではあるのだが、ロバート・パティンソンの抜け感が深刻になりすぎるのを避けていて、コメディとしてきっちり成立させている。何度か声を出して笑ってしまった。結婚式が最悪すぎる笑

最終的に「最初からやり直せばいい」に起結させているところも、そこまでの伏線回収もわかりやすいけれど粋で好みだった。スパイシーな佳作!