わたしの大まかな歴史⑧ | 兄からの暴力に耐えた20年~心の叫び~

兄からの暴力に耐えた20年~心の叫び~

アラフォー、2児の子を持つ既婚者です。
70代になった両親及び兄のこと、ずっと心に蓋をしてきたのですが、彼らの死を予感する年齢になり、幼少期からの心のオモリを誰に叫べばいいのかとウツウツとしている自分に気付き、ここでひっそりと書いてみようと思いました。

 の つづきです。

 

兄は半年ほど、入院し投薬治療など受けていました。

ただ半年で根底の問題が解決するわけではありません。

 

根底にあるのは、母は何故向き合ってくれないか、何故父を選ぶのか、なのですから・・・

永遠に解決しないのです・・・。

 

兄は、暴行はしないような状態になりましたが、

結局は元の生活になりました。。

 

そして両親が何も変わらなかったことに、心底がっかりしました。

 

最初のうちは会話をするように努力していた父も、またすぐ絶縁生活に戻りました。

 

そしてまた時が過ぎ、母を奴隷化する生活になりました。

その要求がどんどんエスカレートして、

困り果てた両親は、

既に70代になり、

向き合うことが一度もないまま、

兄の養育を放棄しました。

 

多額なお金を支払って、

日々の生活や職業訓練を世話してくれる、

民間の団体に兄を確保させて、

遠い遠い場所へと送りこんだのです。

そして、もう一生顔を見せてないで欲しいと、一生分の料金を支払ったのです。

 

その時の兄の気持ち・・・

 

ひどい暴行を受け憎いはずの兄です。

母を痛めつけ憎むべきはずの兄です。

 

それでも、

ただの一度も母に向き合ってもらえず、

どんなに暴力で訴えても表面上言うことを聞いてもらえているだけで愛してもらえず、自立することも、家族をつくることもできなかった、兄がどれほど無念であったのであろうかと思うと、、、、母への恨みが増します。

 

自分たちが楽なほうに楽なほうに、

それが解決できる財力があることをいいことに、

本当に息子まで捨てたのです。

 

今、兄という唯一のウィークポイントがなくなり、

母はイキイキとしています。

優秀な娘と婿、さらに兄とは大違いの凛々しく賢い孫たち、絵に描いたような理想の幸福家族です。

 

本当にそうでしょうか。。

自分がお腹を痛めて産んだ子・・・

本当に捨てられるのでしょうか・・・私とは違う人間なのでしょうか・・・

私だけが昔を忘れられずにいます。

 

父と母が、兄が入院している時に 言っていた言葉

 

兄が、カウンセリングで、

自分は大切にされたり、かわいがってもらったことがないと言っていたそうだ、

小4・5から万引きしたり喫煙したりするどうしようもないやつを、かわいいと思う親がいるのか、、、

自分がかわいがってもらえるような子供でなかったくせに、親を恨むなんておかどちがいだ。

 

という言葉。

 

ここに全てが集約されているように感じました。

 

私は、息子が万が一そんなことをしても、

それでも かわいい  

絶対に正しい道へと導くと 心に誓うと思います。

 

 

~~歴史は以上です~~~