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自宅までは最寄駅から徒歩20分程度。

途中、近所で評判のパン屋に立ち寄る。

 

「天音、しっかり昼飯食ってきた?オマエ、腹が減ったら困るんだろ?ここのパン美味いんだ。好きなの選べよ」

 

母さんと父さんは「夫婦オンリーディ」と称して、朝から二人でどこかに出かけてしまった。

母さんをアテにしていた俺は、天音の腹を満たせそうなほどのもてなしを準備することができなかったのだ。

 

「貫はどれが好き?」

 

かご型のトレイとトングを掴んで、天音は棚のパンを覗き込んでいる。

普通のトレイもあるのに、かご型を手に取るなんて、きっと想像を超える量なんだ。

一体、どれだけ食うつもりだろう。

 

「貫?」

 

質問に答えない俺を、不思議そうな顔で振り返る。

 

「ああ、ゴメン。そうだなあ、カレーパンは外せないな。あとはクリームパン。この練乳タイプが俺は好きかな。それから……」

 

言ってる傍から、天音は次々とトレイを埋めていく。

選ぶというより、目についたものすべてにトングをのばしている様子だ。

もうすでにパッと数えただけでも10個は乗っていた。

 

「オマエ、さすがだな」

 

「ん?」

 

天音は嬉しそうにメロンパンを掴みながら、俺を振り向いた。

やれやれ、金が足りるかな。

俺は財布の中身を思い返して、苦笑した。

ひとしきり品物を選び、会計に向かう。

パンは全部で18個あった。

俺が財布を出すと、天音は驚いた様子で、自分で払うからと後に引かない。

レジの前でオバチャンのような攻防戦を繰り広げた挙句、天音が根負けして俺が支払いをした。

 

「ゴメン。おごってくれるつもりだなんて思ってなかった」

 

「え、だってオマエお客様だろ?せっかくここまで来てくれたんだから、美味いもの食わせたいって思うじゃないか」

 

天音は、パン屋の大きな袋をカサカサ言わせながら、嬉しそうにほほ笑んだ。

 

「おごってもらって言うことじゃないけど、貫の食ったことない奴も、いっぱい味見できるだろ?」

 

俺はフッと笑って、そうだな、と答えた。

ファミレスの時も思ったけど、天音は食べ物をシェアしたがる人種らしい。

俺は今までそういうことをしたことが無かったから、あの時のパスタが初めてのシェアだった。

同じものを美味いなと言い合いながら食うと、何が変わるわけでもないのに、途端に特別な食事のように感じられるのも俺は初めて知った。

今まで知らなかったことが、どんどん俺の中に積み重なっていく。

それがひどく心地いい。

天音は時々袋の中をチラッと覗いては、その香ばしい香りを楽しんでいるようだ。

こんなに喜んでくれるのも嬉しい。今日、誘ってよかった。

 

(うち)、ここ」

 

パン屋から10分ほど歩いた公園の先に、俺の家はある。

白い壁にコバルトブルーの屋根、玄関先にはヒメシャラの木が青々と茂った葉っぱを揺らしている。

建物も外構も母のセンスだが、俺は結構イケてると思っている。

天音もいい家だなと言いながら、門扉の外からグルリと見渡した。

 

 

◇長編小説◇ピアニッシモ・第一楽章・21に続く