特に有機農業や自然農なんかはすごくそれが顕著
「金にならならないし体力的にはきついけど、それでも頑張ってます!」みたいな
どこかキツイことに美徳を見出している
なにかを我慢したり、自分を犠牲にすることにで満足感を得ているような
「過酷な環境で働いてる自分が好き」みたいな
ドM的な感覚が働いてる人にあるように思う
そこがあんまり好きじゃない
というか、少し前まで自分自身がまさにそれだった
「体力的にも精神的にもキツイことが気高く美しい」みたいな
自分に厳しくツライ中でもがんばれて初めて自分を認められる
それどころかむしろ、適当にやることに罪悪感や不安を覚える
「今日一日過酷な労働をがんばった!」という満足感が欲しいが故に大変な道を選ぶような
自ら好んで障害を選ぶような
言うなればある種西洋的な「成長」的な感覚が根強いのかもしれない
「何をするか」という運命に抗う男性的な側面だね
でも、そんな価値観が変わりつつある
必死に苦闘することに前ほど美徳を感じない
理想の自分を目指して自分にムチうってしゃかりきに働くことが目的ではなくなってる
できることをできるペースで
無理をしない
焦らない
必要以上に力まない
過酷さを求めない
もし、将来本当に農業をやるとしたらそんな感じでやりたい
妙に殺気立って自分に鞭打ってやる農業ではなく、大きな流れを信頼してゆったりと川に身を任せるような感じで
老子の言葉で言えば「道に逆らわない」ような感じで
3GではなくLTEで
マッキーの言うように、自分の農業を通して形而上のことを形而下にダウンロードできたらベストだな
そこでできる作物ももちろんだけど、その作物を育てている俺の価値観や生き方も含めて「道」に沿った「無為自然」を表現しているような農園
「TAOTAO FARM」として