須藤元気風に言えば、人生に意味はない
起こった事柄に対して自分で意味づけしているに過ぎない
そういう意味ではひとりひとり全く違う世界を生きている
いわゆるパラドックスワールド
例えば納豆嫌いの人が納豆を見たら不快感を覚える
でも、納豆が大好物な人が納豆を見たらおいしそうと思う
納豆自体は同じものなのに
同じ納豆に対して別の意味づけをしている
例えば大好きでしょうがない恋人がいたとする
でもある日その恋人が浮気していたと知ってしまった
その瞬間恋人に対しては憎しみや怒りといった感情が芽生える
それも自分で意味づけしているに過ぎない
恋人そのものは何も変わっていないのに
ずっと浮気していたことは事実なのに
つまり、人の人生、自分が生きている世界なんて起こる出来事や現実に対して勝手に自分なりの解釈をしているに過ぎない
周りの環境が自分の気分を作っているのではなく、自分の意識が世界を構築している
思考は現実化するとはそういうこと
◼︎以下雲黒斎さんブログ
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僕たちは皆、目の前にある出来事に対応しながら、常に自分の人生物語を書き続けています。
この「物語」とは、起こった出来事(事実)に様々な解釈・意味付け・価値付け(演出)を加えたものです。
同じ出来事(事実)に遭遇しても、人によって捉え方が異なるのは、この「演出」の違いとも言えます。
そのときの「気分」によって世界の見え方がまるで違ってしまう、という経験は、皆さん思い当たるものがあると思います。
【外界に、自分の気分をコントロールされている】という感覚から、【気分は、自分自身がコントロールしていた】という理解に辿り着くことも、『意識のシフト』の一面です。