ダンスもそう
歌もそう
スポーツも芸術も執筆もそう
自分はこう思う
自分はこんなことを考えている
自分はこんな事ができる
それらを表現することに人は喜びを感じる
その最たる例がおしゃべりだと思う
何気ないおしゃべりも広い意味では自己表現
自分の意見や考えを相手に伝えることは自分を表現すること
それが楽しい
そこかしこにおしゃべりをしている人がいる
道端で
電車内で
職場で
お昼休憩で
公園で
家庭で
喫茶店で
飲み屋で
内容がなくてもそれらは全て自己表現
おばちゃん同士の会話なんて隣で聞いていても何がそんなに楽しいのかわからないけど、本当に楽しそうに何てことのない話題で盛り上がっている
話してる当人は「自分を表現している」という意識はないけど、見方を変えればあれらも表現することに喜びを感じているということ
だから、人との会話が嫌いな人とのというのは本質的にはいない
誰しもが自分を素直に表現したいと思っている
ひとりが好きとか引きこもりとかは
、過去に起こったトラウマが原因で心を閉ざしているだけ
あるいは勇気をくじかれているとも言える
特にいまの時代は自分を素直に表現しづらいと思う
しかも日本は農耕民族で個より集団を重んじるから、自分を抑え込み周りに合わせる傾向がある
それらが原因で人の根本的な欲求である自分を表現するということができなくなってしまう
もっと言えば自分を素直に表現すると生きづらい世の中だとさえ言える
心を許した一部の人にだけ本音を言える
本当の自分を表現できる
話が長くなったけど、つまり、生きるとは表現するということ