マッキーさんの歯車の話
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大きな時計をバラバラに分解していくと。
まず、いくつかのパーツに分かれますよね。
そして、さらに中を開いていけば、小さな、小さな、部品にわかれていく。
たとえば、指先で拾い上げた、この小さな、歯車。
それが、「僕」だと、ずっと思っていました。
それは条件付けられた、存在。
取り替えることができる、存在。
規格によって価値の決まった、存在。
どんな歯車が良い歯車なの?
どんな歯車が認められ、評価されるのか?
その答えは、とても明確で。
自分以外の誰かの期待にどれだけ答えられるのかによって、決まります。
この小さな歯車を、少しでも大きな歯車に見せようと、がんばっていた、存在。
この小さな歯車を、今より強く速く回転させてようと、がんばっていた、存在。
そのうち、小さな歯車は、大きな時計のリズムに合わせることに精一杯になり、自分の内に秘められたリズムを忘れさってしまいました。自分のリズムを忘れると、途端にまわりがギスギス、回転を合わせることができなくなり、パチンと時計からはじき飛ばされてしまったのです。
そこで、はじめて歯車は世界と出会います。
それは、なんと「自分が歯車ではない」という氣づきでした。
自分が歯車でないことに氣づくと、それまで閉じていた目が開き、本当の世界の姿を見るということができるようになったのです。すると、そこに自分という歯車は存在しませんでした。
そこには大きな時計を抱きしめている
本当の自分がずっといた。
パーソナルパワー。
「本当の自分」を目指してはいけません。
それは、するものでも、なるものでもない。
自分自身からズレてしまうと…
自分でいないのであれば…
僕たちは、他の何者とも、出逢うことがありません。
僕たちは、自分を開いていくことで。
はじめて、世界と出逢うのです。