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知覧町護國神社に続いて、特攻平和観音堂にて英霊に手を合わせました。

(上画像中央奥)知覧教育隊之記念碑
碑文
想えば当飛行場は、教育隊時代、隊長をはじめ教官助教学生軍属が一丸となり、祖国の安寧と東洋平和建設の為熱き血を沸かせた処である。吾々の若き日の汗の染みこんだこの地に知覧教育隊の存在した事実を後世に伝えると共に、戦争の悲劇が二度と繰り返されることなく、世界の恒久平和の確立が一日も早からんことを希って、この記念の碑を建立する。
昭和60年4月7日
(上画像右側の門柱) 由来
この門柱は、昭和16年(1941年)12月、この地に開港された太刀洗陸軍飛行学校知覧教育隊分教所(のちに教育隊となった)の正門です。終戦後、昭和26年(1951年)から旧知覧中学校正門として使用されていましたが、昭和56年(1981年)の統合により閉校となったため現在地に移設復元されたものです。 -案内板より
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第四○教育飛行隊(西部第一二三部隊)由来
昭和十九年(1944)知覧に第四○教育飛行隊があり、7月から年末まで学徒出身の特別操縦見習士官第二期生136名の操縦教育が実施された。その後部隊も見習士官も移動した。
それから半年の後、再び知覧に降り立った同隊の第二期生及び教官を含む47名がいるが、全員振武隊となり、思い出の飛行場から一路沖縄に出撃した。
なお第四○教育飛行隊は菊池、各務原と移り、陸航士第五八期生86名、特別操縦見習士官第二期生50名及び第三期生61名の教育を続けて終結した。
-案内板より

特攻平和観音堂
由来
この地は、昭和17年3月大刀洗陸軍飛行学校知覧分校が設けられて、連日隊員の訓練を重ねたところであったが、国際情勢の次第に緊迫し険悪となるにしたがい、遂に昭和20年本土最南端航空基地として陸軍最後の特攻基地となり、凡そ一千の若き勇士が莞爾として雲流るる果て遥か逝きて、帰らざる壮途につかれた思いで深い土地である。
これら若人の至情至純の精神を顕彰し、悠久空に散華せる御霊のとこしえに安らかならんことを祈念し、以て祖国の久遠の平和復興に資せんため、関係旧将士の浄財を集めてつくられた平和観音像を、今この念願を同じくする有志等の願望により このゆかりも深い知覧町旧飛行場跡に奉安する。
-案内板より



特攻平和観音堂
観音の由来
大東亜戦争中、祖国の護りのために、わが身を弾丸として散り逝きし国民忠誠の精華、陸軍特別攻撃隊の尊き不滅の英霊を大慈大悲の平和観音像に顕現して、其の冥福を祈り、又其の慈光を拝して世界平和の再建と衆生済度の功徳を祈念すべく、有志相図り大方のご賛同を得て去る昭和二十七年春、平和観音像を建立し同年五月五日東京音羽の護国寺で開眼式が行なわれ之を特攻平和観音像と名づけました。
この特攻平和観音像は、大和法隆寺の夢殿に奉安されている秘仏「夢ちがい観音像」を特別の許可を得て、謹鋳された高さ一尺八寸「五十四センチ」の金剛像で陸軍、海軍夫々一体を世田谷観音像に奉安、陸軍の一体を本土最南端の特攻基地があった、ここ知覧の地に、又海軍は三宅島サタドウー岬灯台に奉安されました。
知覧町ではこの観音像を昭和三十年安置以来毎年五月三日知覧特攻基地戦没者慰霊を挙行し、御霊らの慰霊顕彰に努めています。
尚、観音像の体内には一千三十六英霊の霊名簿を納めてあります。
知覧特攻慰霊顕彰会 -案内板より


「献燈 鳥濱とめ」
鳥濱 トメ(とりはま とめ、1902年(明治35年)6月20日 - 1992年(平成4年)4月22日)は、鹿児島県の食堂経営者。川辺郡知覧町(現南九州市知覧町郡104)で「富屋食堂」を営み、多くの特攻隊員の面倒を見て、“特攻の母”と呼ばれた。-wikipediaより
鳥濱 トメ物語
(http://www.tomiyaryokan-chiran.jp/story/index.html)


鳥浜とめ 顕彰碑
碑文
顕賞
特攻の母 鳥浜とめ
散るために咲いてくれた桜花 ちるほどものゝ 見ごとなりけり
(原文ママ)

知覧護國神社の裏手、特攻平和会館側には、特攻隊員の宿舎・
三角兵舎が復元されていました。


三角兵舎
三角兵舎は特攻隊員の宿舎でありました。敵の目を欺くため、松林の中に半地下壕をつくり、屋根には杉の幼木をかぶせ擬装してありました。
各地から集まった隊員はニ~三日後には雲のかなた沖縄の空に散華されました。出撃の前夜は、この三角兵舎で壮行会が催され、酒を汲みかわしながら隊歌をうたい、薄暗い裸電球の下で遺書を書き、また別れの手紙等をしたためて、出撃して征ったのです。
ここに三角兵舎を復元して当時をしのぶよすがとするものであります。 -案内板より

全ての兵者に敬意を表しますと共に、英霊の御霊に感謝の誠を捧げます。
つづく
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