近畿・四国・九州・山陰 編 ~西へ~(1)1日目①は、→こちら
本丸から天守台に上がります。
(実際は天守台というより天守丸に近い)

天守台手前の土塁

天守台虎口(現在は通行止めになっており、回り込んで上がる)

天守台跡

天守台虎口(天守台内部から見る)

天守台から見た眺め

天主台跡の鐘付き堂と番人待機所

明治十一年に今山八幡宮の鐘をここに移し鐘楼を建てた。
現在の鐘は二代目となる。
この鐘は、現在も1日に6回、刻を告げている。

天守台から見た本丸

天守台南東側の石垣

三階櫓跡
(南北下階六間(10.8m)、東西五間(9m)の大きさで、高さ七間(約14m))


三階櫓跡に建つ「後藤勇吉之碑」(昭和九年(1934)建立)
後藤勇吉は、明治29年11月12日、延岡市南町に生まれ、延岡中学校を卒業後上京、飛行士として修練を重ねた。 大正9年(25歳)競技飛行大会に参加、高等競技で1位m、同年空中文明博にも参加、郵便宣伝飛行を行った。 この年、郷土訪問飛行を実施、県民に驚異の感銘を与えた。 以来、航空界の寵児となり日本一周飛行、郵便飛行、輸送飛行等多くの輝かしい足跡を残した。 昭和2年太平洋横断飛行が企画されるや、その責任者に選ばれ、猛訓練が開始された。 翌3年2月29日午前8時、大村海軍航空隊を出発、霞ヶ浦に向かう途中、佐賀県岳上空で墜落、死亡した。33歳の壮年であった。 延岡観光協会 -案内板より
つづく
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