~西へ~(183)27日目① 奈路天満宮 | どちて坊やが隠居をしたら~日本国でも毎日が徒然~

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「野宿でもお腹に肉のつく身哉」

日本一周・全県に足跡を目標に、車中泊やキャンプをしながら、
大好きなラーメンを食べ、100名城を中心にした城めぐりや
神社仏閣に参拝し御朱印を頂く、旅の絵(写真)日記です。

 
                    近畿・四国・九州・山陰 編 ~西へ~(1)1日目①は、→こちら


27日目朝、川を見に行くと、濁りはありますが、水は引いてました。



こうして川底まで洗われ、綺麗な川に戻っていくのかな。



出発前に、この地区の氏神様に参拝です。

            

 大野見郷の総鎮守
長和3年(1014年)津野三代の城主、津野国高が京都北野から「天満大自在天神宮」を勧請し、奈路天神の杜に祭りました。現在の宮の裏側で、今でもその痕跡が残っています。大野見郷の総鎮守として親しまれ、毎年11月25日の大祭は天狗やお神輿も登場。地域の祭りを盛り上げます。 -よさこいネットより

    
  天 満 宮
この神社は、津野三代の城主国高が、長和三年(1014年)に、
大野見郷の総鎮守として、京都より天満大自在天神(菅原道真)を勧請したものと伝えられ、以来代々の津野公の庇護をうけてきました。
慶長五年(1600年)山内氏入国と同時に天満宮の社領一町六反余りが召し上げられ大きな危機に会いましたが、大野見郷内名屋敷と呼ばれる三十六人の人々によって守られ維持されてきました。
この本殿は嘉永五年(1852年)に造られ、また、拝殿、横殿は明治三十年に再建されました。 大野見村教育委員会 -案内板より



 拝殿(明治三十年(1897)再建)

 
  本殿(嘉永五年(1852)造営)


 境内


ここ数日の滞在と無事に過ごせた事のお礼をして出発しました。





                              つづく







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