~北へ~(194)26日目③ 大石神ピラミッド | どちて坊やが隠居をしたら~日本国でも毎日が徒然~

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「野宿でもお腹に肉のつく身哉」

日本一周・全県に足跡を目標に、車中泊やキャンプをしながら、
大好きなラーメンを食べ、100名城を中心にした城めぐりや
神社仏閣に参拝し御朱印を頂く、旅の絵(写真)日記です。


             北関東・東北・北海道・上信越 編 ~北へ~(1)1日目①は、→こちら





続いて車で15分程の、新郷村ミステリーNo.2「大石神ピラミッド」に。

 

案内標識に導かれてたどり着くと鳥居がありました。

      
 日本最古のピラミッド
 神秘の山 大石神ピラミッド
ピラミッドは、エジプト、メキシコだけにあるとは限らない。
したがって、茨城県磯原町にある武内家の文庫に秘蔵されている神代史によると、わが国にはエジプトのピラミッドよりなお古い数万年前のピラミッドが7基あるとされた。
昭和10年に戸来村を訪れた日本画家の鳥谷幡山も大石神をみて「これで4個目だ」と喜んだ。
ピラミッドの権威者酒井勝軍はさらに「鏡石」「方位石」また頂上の巨石が西側の稜に正しく北極星に向かい南北を差すなどピラミッドの条件に合うという。
この鏡石はその場に直立し表面に文字が彫刻されてあったと伝えられているが、安政4年7月の強い地震で倒れ埋没している。
酒井勝軍の説では、エジプト、メキシコのものと違って平面基礎から築きあげたものではなく三角形や神備型とした山之頂上にあり太陽石がおかれその周囲に、「磐境」列石が配置されていること。
昭和10年8月に戸来のキリストの墓発見の翌日戸来の十和利山のピラミッドを発見し、大石神のピラミッドは十和利山の二つを結ぶことで成立ったものであるという。
ここ大石神も神都として大いに栄えたところとされたが長い年月の間の天地大異変により、神都の面影はなく無残な残骸となっている。ー解説版より

 拙者の読解力不足か?一部意味が分からないところがあるが原文のまま記載しました

鳥居をくぐると、巨石がゴロゴロと。

 
 太陽石                  
「むかしは光って反射した太陽を礼拝したと言われている石」

 
 方位石 「正しく東西南北を示している石」

 
 星座石 「めぼしい星を記録しておいたと言われる石」と祠


少し下ると、


 
 鏡石 「むかしは直立し表面に文字が彫刻されてあったと
    伝えられるが安政4年7月23日の強震で倒れ埋没している」

   
   鏡石からみた 太陽石、方位石、星座石





あのピラミッドを想像していたので拍子抜けしてしまいましたが、
不思議な感じを受ける場所でした。

ピラミッドというより、磐座(巨石)信仰や祭祀遺跡と
いったほうが良いのかもしれない。




                              つづく