~北へ~(30)4日目③ 信濃国一宮 諏訪大社 上社本宮Ⅰ | どちて坊やが隠居をしたら~日本国でも毎日が徒然~

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「野宿でもお腹に肉のつく身哉」

日本一周・全県に足跡を目標に、車中泊やキャンプをしながら、
大好きなラーメンを食べ、100名城を中心にした城めぐりや
神社仏閣に参拝し御朱印を頂く、旅の絵(写真)日記です。


      北関東・東北・北海道・上信越 編 ~北へ~(1)1日目①は、→こちら





 上社前宮に続き、本宮参拝です。

   

参道は、東、西と北にあります。
参拝順路は、どの参道から入っても、一度東の参道入り口まで行き、
布橋(屋根つきの廊下)を西へ、入口門をくぐり、東へ戻り、拝殿へ、
となるようです。


長い脚と大きな手のカッコイイ狛犬(北参道)


北鳥居をくぐり、参拝順路通りに、ここで左に折れます。

 
本宮 一之御柱


御柱を右手に神池を左手に見て、東に進みます。

 

             

        

     
布橋途中、徳川家康が造営寄進の四脚門へ繋がる石段下の狛犬

 
 神楽殿
文政10年(1828)の建立で祈願者の神楽奉納の御殿である。四方吹通し入母屋造りで諏訪市の指定文化財の建造物です。大太鼓は神楽殿建立と同時に奉納され胴は樽と同様に合わせ木作りで龍神が画かれている。皮は一枚皮が使われ、一枚皮では(牛と云う)日本一と云われる。この大太鼓は元旦の朝のみ打たれる。-案内板より


天流水舎(重要文化財)
俗にお天水と稱される。どんな晴天の日でも雨が三滴は屋根上の穴から降り落ちると云われ、諏訪七不思議の1つに数えられている。昇天の折りにはこのお水を青竹に頂いて持ち帰り雨乞の祭をすると必ず雨が降ると云い伝えられる。-案内板より


五間廊
現在の建物は安永2年(1773)の建造であり廊下様式切妻造りである。古記録には神長官、祢宜大夫、権祝、擬祝、副祝の五官着座のことが見えている-案内板より

 
勅使殿
現在の勅使殿は元禄3年(1690)の創建であり安政年間に大修理を加えてある切妻流れ正面大唐破風造りである。中央の記録では神門戸屋・帝屋とも書かれており建武2年(1335)大祝即位の記録には御門戸屋にて神事があり神殿に布を敷いて其の上に五穀を供え、そこに大祝が着座したことが見えている。また勅使参向の折には幣帛の授受が行われた所である。元旦の蛙狩神事や御頭受神事も行われた所である。
当時の勅使殿は今の神楽殿の前あたりにあり拝殿の性格を持っていた。-案内板より



勅使殿と五間廊


神馬社(駒形屋)
神馬舎の中には、木製の晴天を願う白馬と銅製の降雨を願う黒馬。


神馬社
白馬を描いた絵馬・奉獻 文化九壬申年(1812年)四月吉日









                             つづく